⑭手を伸ばせば
そこから何度か岩場を渡って、下りて、あたしたちはようやく地図でいうところのバツ印のそばへ辿り着いた。言葉にすると簡単だけど、実際に移動するのは骨が折れる!
辿り着いた場所は光がかすかに漏れる洞窟だった。あたしは薄暗い天井を見上げながらつぶやく。
「ここ?」
洞窟とはいっても湿り気はまるでなくて、肌を焼く太陽光が遮られる分、かすかに涼しく感じられる程度だった。あたしたちはそこの入り口で水を飲みつつ一服する。ここまで来たらひと安心かな。水筒の水も残り僅かだし、あんまり長引かせちゃいけない。
念のためにディオンはもう一度外に出て地図を透かして確認してる。あたしたちのところに戻って来ると、ディオンはリュックからカンテラを取り出して手早く火を灯した。ぽうっと洞窟の中が赤褐色に照らし出される。
「地図には何か描いてあったの?」
すると、ディオンはかぶりを振った。
「いや、何も書いてない。でも、何かある気がする」
「うん、あたしもそんな気がする」
一筋縄では行かないよね、やっぱり。
ヴェガスもつぶらな瞳に警戒の色を滲ませている。
洞窟の中はまっすぐに伸びてたから、迷子にはならない。天井はまあまあ高いけど――崩れたりしないよね、ここ?
生き埋めとかはやっぱり嫌だなぁ。
「Πηγαίνετε προσεκτικά」(慎重に行くぞ)
「Εντάξει」(了解)
「Ναι」(はい)
注意を促すディオンに、あたしとヴェガスもエピストレ語で返す。
そこから、そろりそろりとすり足で歩く。先頭を行くディオンの背中の辺りをつかみたくなるような不安はあるけど、あたしはとにかく慎重に進んだ。
じりじりと先へ進むと、ついに突き当たりらしき場所へ出た。少しだけ広くて、突き当りの壁際にまるでライオンが鎮座してるみたいに見える形の岩が向い合わせにある。中型犬くらいの大きさかな、あれが目印……そんな風に思えた。それはディオンとヴェガスも同じだったのかも。
「あれって……」
「多分な」
でも、向かい合う石像は何を意味するのかな?
「ねえ、この石像を動かしたら宝物が出るようになってるの?」
パッと見、それしか考えられなかった。宝物は表には出てない。出てないんだけど、なんとなく中央の壁に人工的な切込みがある気がする。それがまるで小さな扉みたいに見えた。
ディオンはそろりとその石像のひとつに近づくと、まるで鉄板に触れるような手つきで警戒しながら触れた。でも、何も起こらない。ディオンは嘆息するとその石像を抱え込んだ。そうして色々と試して見る。
「この洞窟、大昔は原住民がいたのかも知れないな。おあつらえ向きだったここを宝の隠し場所にしたのか……。この像、固定されているが回すことはできそうだ。ただ、手を放すと戻る。要するに、二箇所を押えている間だけ宝が出現するって仕組みかもな」
なるほど。
「じゃあ、やっぱり最低でも三人いなくちゃ駄目だったんだ? あたし、来てよかったね」
軽くそう言ったら、ディオンにものすごい勢いで睨まれた。はい、ゴメンナサイ。単なる軽はずみでした。
「Θα πάμε προς τα δεξιά」(私が右に行きます)
ヴェガスがそう言って、テテテと右の石像に向かう。ちょっと高い位置にあるから背伸びをした。
「ミリザ、お前が宝を取れ。ただし、異変を感じたら何もせずに引くんだ」
「う、うん」
ディオンの言葉にあたしは神妙にうなずいた。
責任重大。でも、無理は駄目。そこに罠があったら手は出さない。
あたしは自分に言い聞かせながら中央の壁に向かって立った。ディオンが下に置いたカンテラの灯りがぼんやりとした影を作る。
ドキドキドキ。
ディオンとヴェガスは念のためにリュックを下ろして万全の状態で臨む。
深呼吸を繰り返すあたしに、ディオンは声をかけた。
「行くぞ」
ディオンとヴェガスの呼吸が合い、石像がギリギリと石臼みたいに回る。ゴゴゴ、って足もとに振動を感じた。何かの仕掛けが動いてる。そう感じた瞬間、あたしはおかしな感覚を味わった。体が放り投げられるような、そんな感覚。とっさに悲鳴も上げることができなかった。
足もとの岩が跳ね上がったんだって気づいたのは随分後のことだ。壁だった場所にはぽっかりと穴が空いて、足場だったはずの岩がその壁になった。その九十度のその隙間にあたしは飲み込まれた。最後の罠だ、これ。
「ミリザ!!」
ヴェガスの甲高い声が遠くで聞こえた。
投げ出された体はどこかに落下する。滑り落ちて行く時、あちこちを擦りむいたりぶつけたりした。痛いけど、途中が真っ暗で最後に来た衝撃に身構えられなかった。ドン、と背中を打ちつけて息が詰まった。あんまりにも苦しくてゴホゴホとむせ返る。そこからの記憶が曖昧になった。
どこに落ちたんだろ?
ああ、宝物はすぐそこにあったんだよね? 手が届くはずだったのにな……。
なんて、今はそれどころじゃないんだけど。




