表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夢と希望と海賊船  作者: 五十鈴 りく
Ⅴ・宝と命と恋心

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

90/191

⑬罠回避

「この地図によると、こっちの岩場の隙間を通ると串刺しになるっぽいぞ」


 ディオンが地図を透かしながらそんなことをあっさりと言った。

 ……あれ? 暗くてよく見えないけど、あの岩場の下の方にぐしゃぐしゃになって崩れてる欠片って……骨? 白くはない。茶褐色に薄汚れた――。


 ヒュッと短く息を吸い込んで口もとを押えたあたしをヴェガスが心配そうに見上げて来る。あたしはそれを感じたから、なんでもないことみたいに笑って見せた。


「あ、うん、気をつけて行かないとね」


 声は震えなかったけど、膝が震えた。さすがにあれは不気味だ。無念で魂もその辺に漂ってるんじゃないの? エセルみたいに祓う言葉は持たないけど、あたしはその魂の冥福を心の中で祈った。


「ここを通らずに向かうには、岩場を登らなきゃいけない」


 言い聞かせるようにディオンが静かに言った。あたしはうなずく。

 そうして、ディオンはヴェガスに視線を向ける。


「Βέγας,Παρακαλούμε κρέμεται ένα σχοινί μέχρι την κορυφή.Παρακαλώ σηκώστε αυτή την από εκεί」(ヴェガス、上に登ってロープを垂らしてくれ。そこからこいつを引っ張ってほしい)


 ヴェガスに先に登るように頼んでる。ヴェガスは力強くうなずいた。

 リュックから丈夫そうなロープを取り出して肩に担ぐと、ヴェガスは岩場の出っ張りを利用して器用に上に登り出した。乾燥してて登り難そうだと思ったけど、ヴェガスは軽快だった。ぱらりと砂を落としただけで上まで登りきる。ディオンの背丈の三倍くらいの高さかな? そこからヴェガスはロープを下ろすと下に向けて手を振った。

 逆光で影になって輪郭しかわからないけど、あたしを安心させようと笑ってくれている気がした。


「よし、行って来い。上に登ったらオレが着くのを待て」

「うん」


 あたしがロープを握って岩壁に足をかけると、後ろからディオンがあたしを持ち上げた。


「わっ」


 自分の肩にあたしの靴底を当てて台になってくれる。そうして、最後には手の平にあたしの足を乗せて押し上げてくれた。……ありがと。少しでもあたしの負担を軽くしようとしてくれてるのがわかって、じんわりと嬉しくなった。


 上からはヴェガスが引っ張り上げてくれて、あたしはなんとかそこを登りきった。そして、登ってびっくり。

 ロープを引っかけるところなんてどこにもなかった。岩場の上は平たいだけ。ヴェガスは自分の腰にロープを巻きつけてあたしを引っ張り上げてくれてた。


「だ、大丈夫!?」

「ああ、君くらい軽いものだ」


 ヴェガスは小さくそうささやくと、そのままロープをもう一度下ろした。そこにディオンが二人分の荷物をくくりつけて、ヴェガスと――あんまり役に立ってないけどあたしも引っ張り上げる。


 そうして、最後にディオン。

 ディオンはロープを腰に巻いてはいたけど、それは命綱程度のものだった。岩のデコボコにきっちりと手足を這わせるようにして、ヴェガスの負担にならないようにほぼ自力で上がって来た。ほんと、貴族の令息なのに逞しい……。


 汗を流している無事な顔をみたら、あたしもほっとして力が抜けそうだった。

 でも、まだまだこれからなんだ。

 ディオンとヴェガスは荷物を担ぎ直すと、再び地図を確認した。


「ここからあの洞窟に向けて進む。この岩の隙間は飛び越えないとな」


 ……落ちたら串刺し。いや、その前に首の骨折れるかも。

 ディオンはちらりとあたしを見た。


「跳べるな?」


 え……と……。

 と、跳べなくはない……はず。

 そう思える距離なんだけど、落ちたらって思うとすごく怖い。脚がすくむのは当たり前だ。

 けど、無理だなんて言えない。あたしはあたしの意思でここに来たから。


「もちろん」


 強がりでも笑うしかない。心を見透かすみたいな青い瞳に、あたしは大嘘をついた。

 でも、その嘘を本当にしてみせろとでも言うように、ディオンも笑った。


「上等だ」


 ヴェガスは心配そうにしていたけど、とりあえずは成り行きを見守ってる。

 ザラリとした砂と乾いた空気の中、ディオンは軽く助走をつけただけで岩と岩との間を跳んだ。滞空時間が尋常じゃなく長く感じられる綺麗な跳躍で、あたしは一瞬見惚れてた。

 振り返ったディオンが向こう側からあたしにひらりと手を差し出しながら言った。


「来い」

「りょーかい」


 口が渇いて舌が張りつきそう。なのに手の平だけ嫌な汗をかく。


「Παρακαλούμε ηρεμήσω」(落ち着いて)


 ヴェガスの声が優しく響く。あたしはうなずいて、一度目を閉じた。そうして開いた時、ディオンの鋭い目が正面からあたしを見据えていた。


「度胸だけは人一倍。お前はそういうヤツだろ」


 ディオンたちと出会ってから毎日が楽しくて、あたしはきっと臆病になったんだ。前のあたしなら失くすものなんてなかったから、今ほどに怖くなかったかも知れない。

 そっか、あたし今が幸せなんだ。じゃあ、もっとこの幸せが長く続くようにがんばるしかないよね!


 うん、この先にディオンがいる。そう思うだけで不思議と跳べるような気がした。落ちることなんてもう考えない。


 あたしは走り出すと、何も考えずに思いきり跳んだ。着地なんてどうだっていい。

 ちゃんと岩場に足がついた。ついでに言うなら手もついた。ちょっと痛い。

 四つん這いでぐったりとするあたしの背中に、ディオンがポツリと言う。


「上出来だ」


 はい、ありがとう。まだ膝が震えるけどね。

 その直後、ヴェガスも跳んで来た。ちっちゃいのに、やっぱり筋肉の造りが違うのか、軽々だった。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

小説家になろう 勝手にランキング ありがとうございました! cont_access.php?citi_cont_id=901037377&s
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ