⑫地図の秘密
「――お前のせいだ」
え?
「お前が全部悪いんだ」
なんで?
「お前なんていなけりゃよかったんだ!」
そんなこと――あたしのせいじゃない。
ねえ、そうだよね、お母さん?
どうして黙ってるの?
なんでお父さんはあんなひどいこと言うの?
あたしが……悪いの?
誰か、違うって言ってよ――――!
「――おい」
ディオンの声がする。ユサユサと肩を揺すられた。それであたしは夢から覚めた。
ひく、ひく、としゃくり上げながらあたしは自分を覗き込むぼやけた顔を認識した。
……あ、またやっちゃった。
最近落ち着いてたのに。慣れない場所とかだと駄目みたい。
「この状況で無駄な体内水分を浪費するな」
ああ、ほんとだ。無駄使いだ……。無意識とはいえ惜しいな。
でも、見た夢の内容は目が覚めると霧みたいに掻き消える。いつもそうだ。頭に靄がかかったみたいに思い出せない。まるで考えることを避けてるみたいに。
あたしはその呆れ顔から逃れるようにとっさにヴェガスの方に首を向けた。……ってまだ寝てるし!
「えっと、その、ごめん」
多分また安眠妨害した。そのことを素直に謝る。
あたしの謝罪をディオンはフン、と軽く流した。……ありがとう。
それからすぐにヴェガスも起きてくれた。どうやらあたし以外の二人は交代で見張りをしてたらしい。あたしだけ免除って、なんか申し訳ないな……。疲れて足を引っ張られたら面倒ってことなんだろうけど。うん、硬いところで寝てたから体が痛いなんて言ったら贅沢だ。
再出発前にディオンは言う。
「あの邪魔な船をゼノンたちがどかしてくれていれば、帰りはあの砂漠を突っ切らずに済む。まあ、あの程度の船なら大丈夫だろう」
そっか、ゼノンなら多分なんとかしてくれてる。そこはあたしも疑いなく思った。
一度見せてもらった宝の地図をぼんやりと思い出す。バツ印は島の中央のやや北東の方だったよね?
ディオンはヴェガスにもわかるようにか急にエピストレ語になった。
「Τα υπόλοιπα είναι απλά.Ας βιαστεί」(残りはそれほどないはずだ。急ぐぞ)
「うん」
「Ναι」(はい)
あたしたちはそのまま岩場を歩いた。午前中の日差しは暑いけど、太陽が真上に来る頃よりは多分少しだけマシだ。そこでふと、あたしは思ったことを訊ねた。
「その地図ってちらっと見た人に模写されてる可能性もあるよね?」
ディオンは眩しそうに顔をしかめた。
「まあ、なくはないな。というか、一度入手したなら模写して仲間たちに渡して手分けして探せるようにしたかも知れない」
じゃあさ、そのうちの一枚でも手に入れることができたら、誰でも宝物を探し出せるわけじゃない?
宝の地図自体がそうそう人目に触れないようにしてあるって言われたらそれまでなんだけど、こんな危険なところに隠すような慎重な人だったら、何かありそうな気がしてしまう。
「ねえディオン、もう一回地図見せて?」
ディオンは面倒くさそうな顔をしたけど、何か思うところがあったのか、宝の地図を引っ張り出してあたしに見せてくれた。
ざらりとした、くたびれた羊皮紙。あたしはその地図を裏返してみたり撫でたりしてみた。何かないかなって。
でも、そもそもこの地図を疑ったらここへ来た意味もなくなる。あたしはため息をつくとディオンに地図を返そうとした。その時、そばでヴェガスが言った。
「Παρακαλώ δείξτε μου επίσης」(私にも見せて下さい)
ディオンがうなずいたから、あたしはヴェガスに地図を渡した。ヴェガス、何か気づいたのかな?
ヴェガスの小さいけれどがっしりとした手が地図を掲げた。分厚い地図でも太陽に透かすと透けて見えるのかな?
そこでヴェガスはぼそりと言った。
「Είναι ένα δίφυλλο」(二枚重ねですね)
ディオンは弾かれたようにその地図を受け取ると、自分も太陽に透かせて見た。ちょっと分厚いなとは思ったけど、上手くくっつけてあるのか二枚あるようには見えなかったな……。
「印の位置は間違ってない。けど――この裏面に書かれているのは罠の位置だ。いくら正確に模写したとしても、この地図そのものがないと死ぬな」
げ。
やっぱり性格悪いな、この地図書いた人……。
「Το εκτιμώ」(助かった)
「Είστε ευπρόσδεκτοι」(どう致しまして)
ヴェガスはディオンににこりと微笑む。うん、さすがヴェガス。
そうしてあたしたちはこまめに地図をチェックしながらバツ印に向けて慎重に進んだ。
大昔に仕掛けた罠が正確に作動するのかどうかはわからないけど、回避できる限りはした方が無難だもんね。ああ、早く無事に帰り着きたい。正直なところ、財宝とかもういいやって気分だった。
でも、それじゃディオンは納得しないんだろうし。
三人で無事に戻れたらそれが一番。財宝なんて二の次でいい。
あたしは心の中で密かにそんなことを考えてた。
それは、何かの予感だったのかな――。




