⑨不信感
そうして出航の日を迎えた。でも、あたしの心はなんとなく重たかった。
あたし、生まれて来る性別間違えた。男に生まれればこんなわずらわしいことなかったのに。
そしたらさ、純粋な友情で終始問題なかったんじゃない?
抱き締められたり好きだとか言われたりしたら人並みにはドキドキもするけど、でも正直に言っちゃうとそこまでなんだよ。一瞬、あたしってゼノンのこと好きだったりするのかなってあの時思ったけど、やっぱりそうじゃないのかも。
時間が経ってみると冷静になる。
やっぱり、今のあたしには恋愛なんて無理なんだよ。
ふぅ、と嘆息してみても、誰もあたしの心労なんてわかんないよね。
波止場に立つと、そこに鎮座してた船は――ああ、なんか懐かしいな、シー・ガル号だ。
少し前まで乗ってたガレー船、ヴァイス・メーヴェ号じゃなくて、小振りなガリオット船。あたしが初めて乗り込んだ出会いの船。しばらくメンテナンスしてたんだよね。
あたしがぼうっとその船体を見上げてると、いつの間にか隣にファーガスさんがいた。
「今回はシー・ガル号で行くそうだな。まあ、小回りが利いた方がよさそうだ」
「そうですね」
潮風に弄られた髪を押えながらあたしがうなずくと、向こうからヴェガスたちパルウゥスがやって来た。
「あ!」
その穏やかな顔を見て、あたしの心は少し落ち着いた。
「Γεια.Πώς είσαι αγαπητέ?」(こんにちは。元気だった?)
「Φυσικά」(もちろん)
パルウゥスのみんなは口々に笑顔でそう返してくれた。でも、ヴェガスだけはあたしのちょっとした変化に気づいてくれたのかも。少しだけ複雑な顔をして首をかしげた。
ヴェガスになら隙を見て相談したいな……。
そうして揺れる跳ね橋を渡り、シー・ガル号へ乗り込む。見送りの人々が手を振る中、船は出航した。
ククヴァヤ島、か。
南のすごく暑いところだってちらっと聞いた。
宝物はほんとにあるのかな?
あたしが甲板の船べりで黄昏てると、背中をどつかれた。
「ぼさっとするなよ。行くぞ」
マルロが先輩風を吹かせて来る。はいはい、今行きますよ、センパイ。
マルロの背中に続いて階段に近づいたあたしは不意にディオンの方に目が行った。ディオンのそばにはゼノンがいた。二人は何かを話してる。
ディオンは厳しい船長だけど、ゼノンのことは信頼してる。エセルのこともしてないわけじゃないんだけど、ゼノンといる時の方が表情が柔らかい。
実際、ゼノンの人柄からしてそうなっても不思議はないんだけど、なんだろう、もやっとする。
ディオンはゼノンの味方で、あたしがゼノンを選べばいいって本気で思ってるのかな?
そんなの、立ち入らないでほしい。
あたしは妙にささくれた気持ちになった。ああ、もう早く行こう!
☠
出航してすぐの食事はフレッシュな野菜なんかがたくさん使えるからいいよね。片手間に食べられるものって言うとサンドウィッチとかが多くなるんだけど。今日はトマトで煮込んだ鶏肉をレタスと一緒にサンドした。好みで粒マスタードもそえて。
今日のパルウゥスの昼食はマルロに代わってあげない。だってヴェガスたちとゆっくり喋りたいし、ディオンのところにはマルロが行って。
有無を言わさずあたしはパルウゥスたちの食事を抱えて下層に向かった。
ドン、ドン、と太鼓の音が響く。あたしは逸る心を落ち着けながら急いだ。
「Στην υγειά μας για την καλή δουλειά!」(お疲れ様!)
あたしが顔を出すと、みんな漕ぎながら笑顔を向けてくれた。
「やあ、ミリザ、いつもありがとう」
ヴェガスと数人がさっそく漕ぎ手座を抜け出して来る。あたしはみんなにサンドウィッチを手渡しながら、あたしのそばでそれを食べるヴェガスにぼそりと最近の出来事を語った。
「――って、ヴェガスはどう思う?」
恐る恐る訊ねると、ヴェガスは冷静にサンドウィッチを飲み込んでから言った。
「どうって、結構な話だと思うよ」
「え?」
「ゼノンは好青年だし君を大切にしてくれるだろう。彼となら、ミリザも幸せになれると思う」
エセルは丸無視だ。論外らしい。わからなくはないけど。
それから、とヴェガスは言う。
「ディオンのことなんだけど、必要以上にゼノンの肩を持ったりはしないと思うよ。ディオンは何というか、その――ミリザのことはまだまだ子供だと思ってる節があるし、性急にことを進めようとは思ってないんじゃないかな?」
ぐ。
確かに子供扱いされてる。
変な話だけど、でも、それを聞いて少しだけ安心した。
そっか、そうだよね。ディオンは誰の味方もしないでいてくれるよね。
あたしはほんの少し抱いてしまっていた不信感をようやく払拭することができた。
今年最後の投稿なのにタイトルが不信感って……(汗)
えーと、何はともあれよいお年を~☆




