⑦いつでも
「今回に限らない。いつでも船を出す時は連れて行って」
はっきりとそう言ったあたしに、ディオンはひどく嫌な顔をした。そりゃ、ね。
「何かあってからじゃ遅いんだ。おてんばも大概にしろ」
「心配してくれるの?」
あたしがそう返したら、ディオンは押し黙った。
わかってるよ、わかり難い言動ばっかりでも心配してくれてるのは。
でもね――。
「あたしはまだ聞き分けのいい大人にはなれないの。それで何か起こったとしてもディオンのせいじゃないから気にしないで」
あ、睨まれた。
あたしに何かあったら今まで教えたエピストレ語の授業の時間は無駄になるから、ディオンが怒るのも無理はないのかも知れない。自分の判断で身を危険にさらすなって言われたね。
でも、あたしにはあたしの生き方がある。
あたしはにこりと笑ってみせた。
「あたしはまだ、あたしにとっての生き甲斐を探してる。だから、あたしがしたいと思ったことには忠実でいたいの」
こういうの、わがままって言うのかな。
けどね、後悔するくらいならそのつどわがままでいいじゃない。
振り回される方の身になれって思うかも知れないけど、そこは大目に見てよ。
簡単にいいって言ってくれるディオンじゃないことはあたしにもわかってる。けど、ディオンは意外なことを言った。
「船に乗ることまでは許してやる。ただ、島へ上陸するかどうかの許可はその時の状況次第だ。俺がお前には無理だと判断したら必ず従え」
乗せてやるって、今、確かに言ったよね?
うわぁ、すごい譲歩!
「ありがと!」
あたしが笑うと、ディオンはそっぽを向いた。でも、その横顔にあたしは更に感謝した。
☠
今回の船旅は、思った以上に長くなるのかも知れない。ここよりも南にあるっていうククヴァヤ島はすぐそこじゃないみたい。
だからこそ、あたしは一緒に行くっていう判断は間違ってないって思えた。だって、そんなに長くみんなを待ってるなんて絶対に嫌だ。もし帰って来なかったら? なんて心配しながら毎日過ごすくらいなら危険でいいよ。
出航は三日後。これってすごく急ぎだ。
あたしはファーガスさんについてマルロと食材の準備なんかもしながら自分の荷物もまとめてた。あれから一度だけゼノンに拳銃の稽古もつけてもらった。ゼノンは何事もなかったみたいに振舞ってくれたから、あたしも蒸し返すようなことは言わなかった。
……甘えてるよね。ごめん。でも今は無理。
えーと、日持ちのする食材はやっぱり芋。そして乾物に穀類。色んな人たちに手伝ってもらいながら木箱につめて行く。そんな時、穏やかな顔立ちの眼鏡のおじさんがあたしたちのいる食品倉庫に入って来た。
ファーガスさんの息子さん、火薬職人のバースさんじゃなくて、そのお兄さんのルース先生。島のお医者さんなんだけど、高齢のファーガスさんが長い船旅に出ようとすることにあまりいい顔をしなかった。
「父さん、今回の船旅は長引くそうじゃないですか。僕が代わります」
するとファーガスさんはそんな息子を鼻で笑った。
「お前がいなかったら島の患者は誰が診る? ワタシに診ろとでも言うのか? その方がよっぽど老体に優しくないぞ。船の方が気楽でワタシの性に合ってるんだ。お前にはまだ早い。働け馬鹿者」
口悪いんだから。
せっかく心配してくれてるのにね。
「父さん……」
困ったように眉根を寄せるルース先生に、ファーガスさんはケケ、と笑ってた。言っても無駄な父親だってルース先生が一番よくわかってるのかも。それ以上は何も言えずに、あたしたちの方を見て、
「父をよろしく頼むよ」
そう言った。ファーガスさんは、偉そうに、なんて笑ってたけどね。頑固なんだから。
仲悪くはないんだけど、ファーガスさんもよっぽど船が好きで譲りたくないみたい。なんてあたしが思ってると、そこにふらりとエセルがやって来た。倉庫の中の空気が一変しちゃう。
「おや、ファーガスは毎回毎回ルース先生を困らせてばっかりだね?」
そのひと言に、ファーガスさんは青筋を立てて笑った。……怖いって。
「エセル、そういうお前さんはたまには家に帰ったらどうだ?」
ああ、お互いに触れられたくない感じ。ブラックな空気が立ち込める。
あたしとマルロと手伝ってくれてる人たちはいいとばっちり。
エセルはふぅ、と息をついた。
「それで、準備は終わりそう?」
話を変えた。
「ああ、もう終わったよ」
ファーガスさんが言うと、エセルはニコニコと笑ってあたしの手を取った。
「じゃあ、帰ろうか」
「え?」
あたしの返答を待たずにエセルは駆け出す。ぎゃあぎゃあ騒ぐあたしにお構いなしで。
あたしだって忙しいんですけど!




