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夢と希望と海賊船  作者: 五十鈴 りく
Ⅴ・宝と命と恋心

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⑤ゼノン

 ふぁああ。

 よく寝た。

 あたしは久し振りの揺れない寝床でぐっすり熟睡した。少し寝坊しちゃったくらい。でも、誰も起こしに来なかった。


 のそのそと服を着替えて顔を洗って髪をまとめる。今日は丸襟のブラウスに赤いフレアスカート。マリエラのだけど。ああ、王都で服も調達して来ればよかった。今更遅いけど。


 えっと、これからどうしようかな?

 いつもならディオンについてエピストレ語の授業を受けるんだけど、ディオンは帰島してすぐだしちょっと忙しそう。例の地図のこともあるから、宝探しの準備もあるんだと思う。


 きっとつかまらないだろうなって諦め半分でディオンのところへ向かうと、その途中でゼノンにばったり会った。象牙色のチュニックの上にショルダーホルスターをつけて、そこに拳銃を収めてる。


「ああ、ミリザ、ちょうどよかった。時間空いてるかな? 拳銃の練習をしようか」


 にこ、といつもながら爽やかに笑う。リネさんの話を聞いた後だからか、改めて見ると確かに品があるよね、ゼノンって。


「うん、ありがと。一応ディオンに断っておくね」


 拳銃の練習はいつもの原っぱまで出てからだ。だからもし、ディオンが少しだけ空いた時間にあたしにエピストレ語を教えてくれようとしたら捜すかも知れない。行き先だけは告げておこうと思った。

 でも、ゼノンは穏やかに言う。


「ディオンなら屋敷にいないよ。バタバタしててつかまらないし、いいんじゃないか?」


 そっか。それならいいや。


「拳銃は今、持ってる?」

「うん、いつも持つようにしてるから」


 スカートの下の太ももにホルスターをつけてる。そういうつけ方するなって言われたけど、それだとスカート履けないんだもん。


「了解。じゃあ行こうか」

「はい、師匠」


 あたしが言うと、ゼノンは柔らかく微笑んだ。

 ゼノンが女性に人気だって言うなら、そのうち特定の人ができる可能性もあるんだ?

 そしたら、こんな風には甘えられないよね。そう思うと少しだけ寂しいような気もした。



「――少し肘が高いよ」


 拳銃『シャルルドミルス』を構えるあたしにゼノンはピシリと言った。やっぱり久し振りだからフォームが崩れてるみたい。

 でも、少しずつ勘を取り戻して行った。いつもの空き缶に数発は当たったんだから。六発撃ち切ってリロードしながら、あたしは昨日のことを思い出した。


 家族を亡くしたゼノン――。

 あたしが自分と同じような境遇だって思うから世話を焼いてくれるんだとしたら、あたしは甘えてちゃいけない。そこに気づいた以上、黙ってこのままってわけにはいかない気がした。


 弾を込める手が、なんとなく震える。

 ドクリドクリと脈打つ心音に堪えながら、急に無口になったゼノンの方を向かずにつぶやいた。


「あのね、ゼノン……」

「何?」


 急に思えたのか、ゼノンは驚いたような声を上げた。あたしはそっちを向かなかった。弾を込める手を止めずにゼノンに背を向けたままで言う。


「あたしね、家族――いるんだ。でも、もう会うつもりがないだけで……」


 未だにこれを話せたのはヴェガスだけ。ゼノンは優しいから否定しないって頭のどこかでは思っても、言葉にするのは苦しい。

 カシャン、と音を立ててリロードを終えると、あたしは再び空き缶の的に向かって銃を構えた。そうして精神を統一しようとする。でも、銃口がみっともなく震えてるのが自分でもわかった。


「ゼノンみたいに会えないわけじゃないのに、あたしは……」


 そうつぶやいた時、ゼノンの声が間近でした。


「ミリザ、無理しなくていいよ。ディオンからミリザの事情は聞き出すなって言われてるから」


 え? ディオンがそんなことを?

 あたしが夜中にメソメソしてたからかな?

 構えていた銃口を下に向けた。肩の力が抜けて行く。

 項垂れたあたしに、ゼノンは続けた。


「それに、俺も聞きたくない」

「っ……」


 やっぱり、そうだよね。あたしの事情はあたしだけの問題。

 あたしも自分のことでみんなを煩わせたくない。

 

 ゼノンにはかかわりのないこと。

 そう思った次の瞬間に、背後から伸びたゼノンの腕にあたしは背中から抱きすくめられていた。

 なんで――?


 少しも身構えてなくて、あんまりにも予想外の出来事にあたしの頭は混乱するばかりだった。

 ゼノンはそんなあたしの耳もとに熱のこもった声でささやく。


「聞いたら、帰してあげなくちゃいけないと思ってしまうかも知れないから、今はまだ聞きたくない」


 ギュ、と力が少しだけ強まった。足が浮きそうなくらいで身動きも取れない。

 心音が狂ったみたいに鳴り響く。でも、それはお互い様だ。

 慣れない体温と締めつけと、硝煙のにおいに眩暈がする。

 なんなんだろ、この状況――。


「あ、あの、ゼノン?」


 戸惑うあたしの声にもゼノンは腕の力をゆるめなかった。


「……エセルは今までと違って本気で君のことを想ってる。でも、だからって見過ごせないんだ。俺も同じ気持ちだから」


 え?


「俺も、気づけばミリザのことばかり考えて、いつも姿を捜してる。守りたいって強く思う」


 うわ――。

 エセルが相手ならぶっ飛ばしてかわせる。でも、真面目なゼノンを相手にどうしたらいいのかあたしにはわからなくて、強くまぶたを閉じて固まってしまった。

 ドキドキと鼓動が思考の邪魔になる。なんでこんなにうるさいの?

 あたし、もしかしてゼノンのこと――?

 その時、ゼノンの腕がゆるんだ。ほっとしたのも束の間で、ゼノンは向こう側に顔を向けて声を張り上げた。


「――そういうことなんだ。いいかな、ディオン?」


 げ。

 あたしが慌てて振り向くと、目を瞬かせたディオンが無言で立ってた。


 見てた? 聞いてた!?

 もう嫌だ!! 


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