④さぐり
ブラブラしてから戻ると、あたしが領主館で一番最初に出くわしたのはメイドのリネさんだった。
リネさんはあたしが借りてる部屋の隣を使ってる。何かと世話を焼いてくれるお姉さん。
「あ、ミリザ! おかえり」
切りそろえた前髪を揺らしてリネさんはあたしに駆け寄って来た。
「ただいま、リネさん!」
あたしも久し振りだから嬉しくなってリネさんと手を取り合った。
その途端、リネさんはあたしの手をがしりとつかんで玄関先からあたしたちの部屋に続く廊下に引きずって行った。
「リ、リネさん?」
人気がないところまで来ると、リネさんは柱にあたしの背中を押しつけてニコニコと微笑んだ。な、なんですか?
「ゼノン様が捜してらしたわよ?」
あら? エセルが面倒で放って逃げたせいかな?
先に行ったくせに戻ってないから心配してくれたのかも。
「そう? うん、ちょっと寄り道してただけなんだけど、捜してたなら行ってみるね」
ゼノンは領主様の養い子。実子のディオンとは兄弟みたいにして過ごしてる。
だからみんなゼノンのことも『様』なんて敬称をつけて呼ぶんだってあたしはこの時まで思ってた。
リネさんはじっとりとした瞳をあたしに向けてささやく。
「ねえミリザ、ゼノン様って優しいし、島の娘たちにすごく人気があるのよ。このお屋敷の中にもゼノン様に憧れる娘って多いの」
さすが天然タラシだ。爽やかに笑ってるだけで女の子がほっとかない。
「さすが。でもなんかわかるな」
銃を鮮やかに捌いてる姿とか、贔屓目なしにカッコイイと思う。
あたしがそんなことを考えてると、リネさんは更に言った。
「そんなゼノン様が気にかけてるあなたのこと、みんなが気にしないわけないでしょ?」
「へ?」
「ミリザって、ゼノン様のことどう思ってるの?」
ここへ来てまたそんな話!
あたしが疲れた顔をしたら、リネさんはふぅ、と息をついた。
「ゼノン様は旦那様の妹のお子様だもの。養子とはいっても由緒正しい血筋の方。本気で近寄れそうもないディオン様とは違って競争率激しいからね?」
「それって、ゼノンは領主様の――甥っ子ってこと?」
思わず声が高くなる。ディオンとゼノンは従兄弟同士ってことじゃない?
「そうよ。聞いてなかったの?」
「うん、聞いてない」
いや、あたしも自分のことなんてろくに話してないから人のことは言えないんだけど……。
そっか。そうなんだ?
それで、とリネさんは声を潜めた。
「あなたがゼノン様をどう思ってるのか聞き出してって方々から頼まれたんだけど」
誰だ、そんなこと頼むのは!
あたしが仰け反ってもリネさんは勘弁してくれなかった。
「さ、どうなの?」
「どうって、優しいお兄さんだとしか……」
辛うじてそれだけ言ったあたしの答えにリネさんはあんまり納得してる風じゃなかった。なんであたしがこんな目に、と思わなくはない。
「多分、ゼノンだってあたしのこと妹みたいに思ってるよ。構ってくれるのもあたしに身寄りがないから、それででしょ? ゼノンはみんなに優しいもん」
家族のいないゼノンには、あたしが孤独に見えるのかも。
だから、家族のいない者同士っていう親近感を持ってくれてる?
喪ったゼノンとは違って、あたしは家族を捨てて来たんだって正直に言ったら、ゼノンはあたしを軽蔑するかな?
そう思ったら何かやるせないような気持ちになった。
もし、ゼノンがそんな気持ちであたしに接してくれているなら、あたしはちゃんと事情を説明した方がいいのかな? 何か、騙してるみたいなそんな気がしてしまう。
でも、あの優しいゼノンに軽蔑されたら、さすがにあたしも立ち直れないかも……。
急にしょんぼりとしたあたしにリネさんは少し慌てた。
「ごめんごめん、えっと、とりあえずミリザはゼノン様に恋愛感情は持ってないわけね。今後はわからないけど、今のところは」
「うん……」
ゼノンだって持ってないよ、そんなの。
あたしのことが好きなんていう物好きはエセルくらいでしょ。
今後のことはわからない、か。じゃあ、あたしが誰かを好きになることがこの先にあるのかな。
あるんだとしたら、それはいつ? 誰に対して?
そうした気持ちはどうやって見分けるんだろ? みんなのことが好きって気持ちとどう違うの?
ごまかしが利かないくらいにはっきりとした気持ちなのかな。
そんなの、その時になってみないとわかんないよね。
あたしは深く考えるのをやめた。




