③島への帰還
そんなこんなでようやくヴァイス・メーヴェ号がパハバロス島へ到着したのはそれから三日後だった。
「着いたー!」
あたしは甲板で思わず叫んでた。何か、とても懐かしいような気持ちがして心が弾む。
そんなあたしの様子をゼノンが優しく見守ってくれていた。
「戻ったら拳銃の練習をしよう。命中精度が落ちていないといいんだけど」
う。
エセルは舵を握ってるし、ディオンはまた忙しく動き回ってた。ヴァイス・メーヴェ号の大きな船体がパハバロス島の港に入る。船の帰還にいつかと同じように島民の迎えが多くいる。
跳ね橋が下り、船長のディオンは歓声の中を歩いた。その先にはディオンのお母さん、男爵夫人が待つ。
皆がそれぞれに降りて行く中、気づけばエセルがあたしの隣にいた。
「ミリザ、行こうか?」
「エセルと降りるといざこざに巻き込まれそうで嫌」
だって、前の時だって女の人に囲まれて面倒なことになってたじゃない。
あたしがはっきりと言ったせいか、エセルは目を瞬かせた。
「大丈夫、もう他の娘には構わないから。ミリザだけいてくれたらいいし」
って、あたしの手を取った。
そうして、妙に嬉しそうに笑った。……本気で?
「さ、行こう」
えーと、どうしようかな?
あたしが考え込んだ一瞬の隙にそばにいたゼノンがあたしの肩をつかんでエセルから引き離した。
「エセル、ミリザが困るからほどほどにしなよ」
ゼノンがそんなことを言う。まあ、助かったと言えばそう。
にこりと爽やかに笑うゼノンに、エセルは冷ややかな目を向けた。
「最近、以前にも増して邪魔するよな?」
「エセルがやりすぎだからだよ」
「へぇ……」
なんてやり取りを二人がしてる。笑顔なのに、空気が悪いよ?
助けてもらっておいてごめんだけど、あたしは気まずくて通りかかったマルロに便乗することにした。
「マルロ! 一緒に行こ!」
「はぁ!?」
すごく迷惑そうなマルロの腕にしがみつき、あたしはそそくさと船を降りた。
あの二人って、思えば性格真逆だもん。ディオンが止めるか、ゼノンが合わせてくれなかったら結構衝突しちゃうんじゃないかな? 危ない危ない。
って、ゼノンはあたしが困ってるからわざわざ割って入ってくれたんだよね?
あたし、ゼノンが優しいからって甘えぐせがついちゃってる。これってよくないな。
今度エセルにはビシッと言わなきゃ。
あたしはまだ自分の生活で手一杯で恋愛とかそんなこと考えられるゆとりがないんだって。
そんなゆとりはいつ出るのかなんて、あたしにもわかんないけど。
でも、それは今じゃない。それだけは確か。
マルロにくっついて降りたら、マルロの双子の姉、マリエラがすごく嫌な顔で待ち構えていた。可愛い顔をしかめてる。自称ディオンの婚約者マリエラはディオンの周りをうろちょろするあたしが気に入らないから。
「あなた、なんでマルロとそんなに親密なんですの?」
「……どこが親密に見える?」
マルロもすっごく嫌そう。可愛いのに可愛くない双子!
でも負けない。
「え? 仲良しでしょ?」
えへ、と笑って見せたら双子はそろってため息をついた。そっくりだ。
マリエラはまたしてもキッとあたしを睨んだ。
「どうしてあなたばかり船にお乗せになるのかしら! あなたがいいなら私だって――」
「マリエラはいいよ、役に立たないから」
おお、弟の援護がない。バッサリ言われたマリエラは、無言でマルロの足を踏んづけた。可愛い靴で容赦ない。
「っ……」
「マルロ、あなた何か言いまして?」
あたしはそろりとマルロの手を放して二人から遠ざかった。そうして、大きく手を振る。
「じゃあ、またねー」
ここはさっさと帰っちゃおう。うん、それがいい。
あたしにはみんなみたいに出迎えに来てくれる家族はないから、気楽なものだ。
――そりゃあね、捨てたんだもん。いないよ。
あたしは必死で思い出さないように考えないようにかぶりを振りながら道を歩いた。
みんなはまだ港だ。先に一人で帰っても仕方ないから、あたしはそのままぶらりと寄り道しながら帰った。
島は自然が豊かで空気も綺麗で、ぼんやりしててもすぐに時間が過ぎて行く。
こんな風にゆったり過ごせる場所にいられて、あたしはすごく満たされたような気分になる。
海も緑も、この島はあたしを拒絶しない。
異端のあたしにも分け隔てなく優しいんだ……。




