①ことの発端
Ⅴ(全21話)になります。
お付き合い頂けると幸いです。
――ことの発端は、とある船の来襲だった。
あたし、ミリザ=ティポットが乗せてもらってる海賊船『ヴァイス・メーヴェ号』に挑んで来た命知らずの船があった。
ヴァイス・メーヴェ号は王都から多少の寄り道をしつつ本拠地パハバロス島へ帰る途中だった。
私掠船の印の国旗もパハバロスの旗も掲げてる。このルースター王国海域でそんな船に手を出すなんて、無頼漢もいるんだね。いや、海賊なんて本来そういうものなんだろうけど。
この船の船長、ディオンはパハバロス島の領主様の嫡男。島の暮らしを守るために私掠船で稼いでる。ただの荒くれとはちょっと違うんだよね。
あたしと海賊見習いのマルロはそのディオンに『絶対に甲板へ出て来るな』って先に釘を刺された。仕方なくあたしたちはお風呂場で洗濯。でも――。
ズドンッって馬鹿でっかい音と一緒に船が揺れた。うわ、服がびしょびしょになる!
「ひゃあ!」
びっくりしたあたしがとっさにそばにいたマルロに抱きついたら、マルロは迷惑そうにあたしを押し戻した。
「な、なんの音?」
「なんのって、大砲だろ」
大砲? そんなの撃ったら危ないじゃない!
あたしはディオンのお抱え砲撃手ゼノンの穏やかな顔を思い起こした。あの爽やかな顔で大砲ぶっ放すんだからね……。
えっと、上には顔を出すなって言われたけど、船内を移動するなとは言われなかった。あたしは少しだけ考えた結果、洗濯を中断する。だって、こんな状況で洗濯なんてのもね。
「ちょっとだけごめんね!」
「なんだそれ!!」
マルロにそう断ってお風呂場を抜けると、苛立ったマルロが後をついて来た。まあいいけど。
あたしたちがいたお風呂場は船首砲を設置してある位置からあんまり離れてない。だから揺れが強く感じられたんだ。この船の大砲は六門くらいあるってゼノンが以前言ってた。ただ、一門につき火薬の充填やらなんやらで六人ほどの人員がいるからいっせいに使うことはそうそうないみたいだけど。
船首砲が設置してある小部屋に近づくと、第二撃に備えるために荒々しい声が飛び交ってた。あたしとマルロはそんな空気にのまれて近づくこともできずに入り口から中を窺った。
「弾込め完了です!!」
ゼノンは備えつけの大きめな望遠鏡で敵方の船を確認してる。
「よし、角度四――そう、次は上を狙う。沈めないように」
威嚇なんだ、これ。
「点火!!」
ゼノンの声が鋭く響いた。あたしとマルロはとっさに自分の耳を塞ぐ。
その判断は正しかった。さっきとは比べ物にならないような大音量の衝撃が来る。空気に圧迫されるように感じられた。
その爆発した火薬の臭さと煙が後に残る。あたしとマルロが思わずゴホゴホと咳き込むと、ゼノンはハッとして振り返った。
「二人ともそんなところで何してる!?」
いつになく厳しく言われた。はい、邪魔ですよね、ゴメンナサイ。
でもちょっとだけ興味があって……。
ゼノンはあたしたちに構ってるゆとりはないみたい。素早く敵方の船を確認し、それからディオンの指示に沿ってこの船が進行を始めたことで壁際にあった小銃を担いだ。
「行くよ!」
その場にいた船員たちにそう声をかける。みんな威勢よく返事をして同じように小銃を担いだ。
まさか、これから白兵戦!?
追っ払ったんじゃないの?
あたしは不安そうな顔をしてたのかな。ゼノンは一度だけあたしを振り返ると苦笑した。
「大丈夫だから、絶対来ちゃ駄目だよ?」
そうゼノンにまで念を押された。
そうしてみんな慌しく駆けて行った。あたしは人のいなくなった小部屋に入り、ゼノンの使っていた望遠鏡から敵の船を見た。……ああ、マストが折れてる。それから、船尾の方にも当たったのか、そこも砕けてた。致命傷とまで行かないのは、ゼノンがわざと外したからだ。
でも――あれ?
あの船、戦意はもうないんじゃないの?
船を旋回させて逃れようとしてる。けど、この船は優秀な船の漕ぎ手、小人族のパルウゥスたちとの連携が取れている。だから、多少の風向きなんかには左右されない。
ヴァイス・メーヴェ号は逃げ出した海賊船を追尾し出した。
ディオンのことだから、売られた喧嘩は買っちゃうわけね。
まったく、考えなしにこの船を襲ったりするから悪いんだよ。
でもまあ、命までは取られないとは思うし、次からは懲りようよ……。




