⑱時間薬
それから、あたしはファーガスさんの手伝いに戻った。マルロにはネチネチとイヤミを言われたけど、そこは華麗に聞き流した。
で、せっせと芋の皮を剥いてると、厨房の入り口に珍しい人がいた。ディオンが厨房に来ることなんてあんまりないからちょっとびっくりした。
帰ってたんだ?
「おかえり」
手を止めずに顔を向けると、ディオンは立ち去りながら言った。
「ミリザ、話がある。来い」
返答は待たない。つまり、拒否できないってこと。
お説教かな? 今回って、あたしが特に悪かったってこともないと思うんだけど……。
マルロがキッとあたしを睨む。できるなら代わってあげたい。
「行っておいで」
ファーガスさんに送り出されちゃったので、あたしは渋々船長室に向かった。
ノックして扉を開くと、ディオンは席に着いて机の上で手を組んでる。あたしはため息を飲み込んでディオンに近づいた。
ディオンは静かに切り出す。
「ゼノンとテルシェから多少の話は聞いたが、災難だったみたいだな」
あれ? お説教じゃなかった。そのことにほっとしつつ、あたしは口を開く。
「災難って、エセルとテルシェさんと三人で居合わせたこと?」
「そうだ。あの二人は険悪だからな。ひどいもんだっただろ?」
ええ。すごく。
でも、詳しい事情は言えないから、あたしはあははと乾いた笑いを零すだけだった。
そんなあたしにディオンはぽつりと言った。
「テルシェがお前に謝っておいてほしいって言ってたぞ。それから、ありがとうって。何したんだ、お前?」
テルシェさん、そんなこと言ってたんだ? それを聞いたらあたしも嬉しくなった。
「特に何もしてないけどね。一緒にお風呂に入ってお茶を飲んだくらい」
そう言ってあたしが笑うと、ディオンは不意に表情を和らげた。
「お前は能天気でいいな」
褒めてない!
「木の実採りしてたディオンに比べたら体力的に楽だったのは事実だけど」
そう言ってあたしは膨れる。ディオンはふう、と嘆息した。
「あの二人の仲が改善するにはまだまだ長い時間が必要なんだろう。けどな、ああして顔を合わせられるようになって時間さえ経てば少しずつ歩み寄れるかも知れない」
そうだね。憎しみを溶かして、せめて挨拶くらいは普通にできるようになってほしいよね。せっかくの姉弟なんだし。
そこでふと、あたしはディオンに訊ねたくなった。
「ねえ、テルシェさんってすっごく美人よね? ディオンの好み?」
ニヤニヤとしたあたしに、ディオンはすごく嫌な顔をした。
「テルシェの腕は買ってる。けどな、あんな誰かに似た顔を相手にどうこうできるか」
……あれ? もしかして、ディオンは二人の関係に気づいてるの?
そんな疑問があたしの顔に表れたのか、ディオンは言った。
「エセルがお前に何かを話したなら、それはヤツにとって大きな変化だな」
「うん、そうかもね」
そこでふとディオンはあたしをじっと見た。その目を見た途端、あたしはようやくディオンの考えが読めたような気がした。
あたしを連れて行くことでエセルをテルシェさんの前に引きずり出そうとした? だから、何かが起こることも想定してゼノンを残した。そう考えると納得が行く。ゼノンにはそこまで説明したかどうかわからないけど。
ディオンはなんでもお見通し?
なんか癪だけど、ディオンなりにエセルたちのことを案じててそれで取った手段なら無闇に怒れない。
それであたしを労うような言葉も出たのかもね。
「あたしはディオンの期待に沿えた?」
そう口にしてみると、ディオンはバツが悪そうに顔をしかめた。その顔を見て、あたしはちょっとだけすっきりした。
「あたしもあの二人がいつかわかり合えたらいいなって思うから、別に怒ってないよ」
ディオンはもしかするとあたしの存在が何かのきっかけになるかも知れないって、あたしの可能性に賭けてくれた――なんて風に思ったら、そう腹も立たない。
ただ、とディオンは髪を揺らしてつぶやく。
「先に事情を話してやれなかったことは悪かったと思ってる」
お、最近素直じゃない?
「じゃあ、ひとつ貸しね?」
すかさず言ってみたら、また顔をしかめられた。
「調子に乗るな」
いや、あの後がほんとの災難だったんだから。そんなことは言わないけどさ。
「まあいいや。お薬、早く領主様に届けないとね」
そう言って笑うと、ディオンは表情をゆるめた。
「ああ」
家族思いだよね、ディオンって。
「あたしも早く島に帰りたいな」
自然とそんな言葉が零れる。こうした時、あそこはすでにあたしの第二の故郷になったんだなって感じる。
ディオンもそっと微笑んで返してくれた。
【 Ⅳ・魔女と祓魔師と幽霊船 ―了― 】
以上でⅣ終了です。
お付き合い頂き、ありがとうございました☆




