⑭自由に
お風呂ですっきりさっぱり――思えば、ディオンとゼノンはこの島でナントカの実を採りに行ってるわけで、それなりに大変なんだよね? 一人でくつろいでゴメンナサイ。
テルシェさんはこまごまとした後片づけをしてくれてる。その間、あたしはリビングの椅子に座っていればいいって言ってくれた。
人様のお宅ででしゃばるのもなんだし、あたしは濡れた髪を拭きながら言われた通りに座って待つ。
そうして、さっきの出来事をぼんやりと思い出した。
お風呂へ続く廊下の窓から見えた裏手。緑に囲まれて小さなお墓らしきものがあった。いくつかあったんだ。
誰のだろうってあたしが気に留めたのがわかったのか、テルシェさんは教えてくれた。
「母のお墓よ。それから、祖母たちの」
歴代の魔女たちのお墓なんだ。
みんな、この寂しい孤島で生涯を終えたってこと?
誰もここを出ようとは思わなかったのかな……。
「テルシェさんはこの島を出たいとは思わないんですか?」
そのお墓の様子が物悲しくて寂しくて、あたしは思わずそんなことを口走ってた。
でも、テルシェさんはあっさりと笑顔で答えた。
「思わないわ」
無理をしてる風じゃなかった。それは本当に自然な言葉だった。
「だって、ここでしかできないことが多いんですもの。外の世界にはそりゃあ魅力はたくさんあるのでしょうけれど、私にとって大事なのはそうした楽しみではないの」
テルシェさんにはお薬を作ることが何より大切で最優先事項なのかな。代々伝わる製法なんて引き継いでるんだもん。背負ってるものは大きいのかも知れない。
「テルシェさんってすごいですね」
あたしがそんなことをつぶやくと、テルシェさんはどこか困ったように笑った。
「それはきっと買い被りね。私は自由に生きてるだけよ」
自由、か。
あたしは一人で考える。
孤島に縛りつけられているように見えるテルシェさんだけど、自分は自由だって言う。
それって、心の持ちようってことなのかな?
そうこうしているうちにテルシェさんが戻って来た。手にはトレイに乗せた素焼きのマグカップがふたつ。そのうちのひとつをテルシェさんはあたしの前に置いてくれた。
「どうぞ。これも肌にいいお茶だから」
「ありがとうございます」
もうひとつをあたしの向いに置いて、テルシェさんは椅子に腰を下ろした。あたしは向かい合って座るテルシェさんになんとなく訊ねる。
「あの、あたし、お仕事のお邪魔になってません? もし何か手伝ってほしいこととかあったら言って下さいね。せっかくだし」
すると、テルシェさんは柔らかく笑った。濡れた髪がまた色っぽいな。
「ありがとう。ミリザさんは優しいわね」
「いやー、そうでもないですけど……」
面と向かって言われると困惑する。
実際、家族を捨てて出て来たあたしが優しいとは思えないから。
「でも、大丈夫よ。私だってたまにはゆっくりしたいし、ディオンくんたちに頼んだものが届くまで調薬はしないわ」
「それならいいんですけど」
確かに、テルシェさんだって休む時もあるよね。
「じゃあ、お茶頂きますね」
あたしは目の前に置かれたマグカップをつかんだ。ただ、それを持ち上げた途端にテルシェさんの家の扉がバン、と乱暴に開いた。あんまりにも唐突で、あたしは驚いてお茶をテーブルにこぼしてしまった。
「わ、ごめんなさい!」
とっさに謝ったけど、テルシェさんはあたしのことなんて目に入ってないみたいだった。
ノックひとつせず乱暴に扉を開けたのは、とんでもなく怖い顔つきをしたエセルだった。
真剣に顔が怖い。まるで親の仇にでも会ったかのような顔してる。いつもの軽さはそこにはない。
そして、もうひとつ恐ろしいのがテルシェさんの反応だった。エセルの形相に怯えるでもなく、クスリとそれを鼻で笑った。
「あら、このタイミングで来るなんて、外から覘いていたのかしらね」
ゾクリ。
あたしと接していた時の優しさや柔らかさはどこへ行ったのかと思うような変貌振りだった。エセルに向ける瞳は冷ややかで、間違っても想い人に向けるようなものじゃない。
本当に、二人の間にあるのは憎しみのような、そんな空気だった。
エセルはそんなテルシェさんをスルーしてあたしにニコリと笑った。
「ミリザ、魔女の家で軽々しくなんでも口にするものじゃないよ。何を盛られるかわかったもんじゃないんだからね」
え? 盛る?
そんなエセルに、テルシェさんも笑った。こ、怖い。
「あら、私がいつそんなことをしたって言うのかしら? ひどい言いがかりだわ」
火花を散らす二人。
あたしは今すぐここから逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。
ディオンたち、早く帰って来ないかな……。




