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夢と希望と海賊船  作者: 五十鈴 りく
Ⅳ・魔女と祓魔と幽霊船 

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⑦夜の海で

 その晩、あたしは不意に目を覚ました。

 でも、いつもみたいな夜にうなされるような感覚じゃなかった。

 自分の頬に触れても涙の跡はない。でも、なんだろう……胸騒ぎがする。


 そう思って、あたしは暗がりでみんなの様子を見回した。いつの間にか交代して横になってたヴェガスが、何か汗ぐっしょりでうなされてる。

 いつもと逆パターン!


「ヴェガス! 大丈夫?」


 思わずあたしがヴェガスを起こすと、ヴェガスは硬く閉じていたまぶたをうっすらと開いた。


「ミリ、ザ」

「うなされてたよ?」


 あたしは手持ちのタオルでヴェガスの額の汗を拭った。ヴェガスはそれでも苦しそうに言った。


「どうやら、来たようだ」

「え?」

「大丈夫、すぐになんとかしてくれるから、しばらくの辛抱だ」


 来たって、何?

 そこであたしはやっと、うなされていたのがヴェガスだけじゃないことに気づいた。みんなだ。

 パルウゥスのみんなが苦しそうに呻いてる。……何、これ?

 あたしは愕然としてしまった。そんなあたしに、ヴェガスは更に言う。


「私たちは『あの声』に敏感に察知してしまう。けれど、大丈夫、すぐに――」


 強力な船の漕ぎ手パルウゥスたちのこの異変。あたしたちよりもずっと体力があるのに、一体これはどういうこと?

 あたしはどうしたらいいのかわからずにうろたえてた。

 その時、体を震わせるようなオオオオオォって声がした。ううん、あたしの体どころか、この船全体を揺るがすような声だ。


「っ!」


 何かが起こってる。しかも、あたしにそれを知らせてくれなかっただけで、パルウゥスのみんなはその異変がなんなのかを知ってる。あたしはその正体を知らなきゃいけないと思った。ここで大人しく過ぎ去るのを待てなかった。

 ただ、とっさに枕元の拳銃シャルをつかんでから立ち上がったのは、あたしの不安の表れかも知れない。


「ミリザ――っ」


 具合の悪そうなみんなを置いて行くのは忍びないけど、みんなを苦しめる元凶をなんとかしたい。そうした思いが強く湧く。


「すぐ戻るから」


 休息スペースの奥、あたしの寝ていた場所のそばには出入り口がある。緊急事態にすぐ階段へ辿り着けるような設計だから。あたしはその目隠しのカーテンを払うと、部屋を飛び出した。階段はすぐそこ。そのまま一気に階段を駆け上がった。



     ☠



 靴を履くのも忘れて裸足で飛び出した。心臓がバクバクと痛いくらいに鳴る。

 肌寒さを感じるような夜気が階段へ漏れる。甲板はすぐそこだ。

 あたしが覚悟を決めて甲板へ上がると、そこは夜なのに不思議な明るさだった。星とか月とか、そんなんじゃない。青白い、幻想的でどこか不気味な明るさだった。


「な、何?」


 息を落ち着けながらあたしが呆然としてると、船首の操舵を握る人物があたしに怒声を浴びせた。


「何しに来た! 戻れ!!」


 あれ? 操舵輪を握ってるの、ディオンなの? エセルは?

 しかも、ディオンはひどく強張った厳しい顔つきだった。でも、その表情の意味がすぐにわかった。

 このヴァイス・メーヴェ号の行く手に、青白い光をぼんやりと放つ船があった。

 ガレー船よりも丸みのあるフォルムのキャラックって大きな船だ。そのセイル船殻ハルも以前は計算された美しさだったのかも知れない。けれど、今は見るも無残な状態だった。


 帆はぼろぼろに破れ、切れたロープが垂れ下がっている。まるで砲撃を受けたような傷跡のある船体は、それでも沈むことなくこちらへ向かって来た。


 風向き無視してない? どうやって動いてるの、あの船!?

 き、気持ち悪い!!

 帆をたたんだ状態で、しかもパルウゥスたちは絶不調。この船は今、少しずつしか動けない。


 ザブン、ザブン、と水音がした。あたしが立ち尽くしていると、突然誰かがあたしの手を取った。

 驚いて悲鳴を上げそうになったけど、それはゼノンだった。肩に小銃を担いだゼノンも緊迫した空気を放ってる。


「ミリザ、早く中へ戻って!」

「え、あ、あ……」


 尋常じゃない場の空気に、あたしは少しも冷静になれなかった。

 そんな時、もう一人の人物の背中が目に入った。闇に溶け込むような色の長い髪を束ねずに風になびかせる後姿はエセルだった。

 エセルは不意に振り返ると、いつもみたいに軽く笑った。


「大丈夫、そっちには寄せつけないから。でも、それ以上動かないようにね」


 何? なんなの?

 あたしの不安が最高潮に達した時、さっきの水音の正体が判明した。

 それはおどろおどろしい――水でふやけて腐った、辛うじて人のような姿をした悪霊だった。彼らがヴァイス・メーヴェ号の船べりに手をかけて乗り込もうとする様に、あたしは絶叫していた。しないわけないよ、こんなの!!

 静かな波音を掻き消すように、夜の空にあたしの声だけが極端に大きく響き渡る。ゼノンの大きな手が、強くあたしの肩を寄せた。


 悪霊は、この船も沈めてしまうつもりなんだ――。


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