⑥手玉?
その次の日、あたしは起きて早々身支度を整えると、なんとなく甲板に出た。まだヴェガスたちも眠ってるような時間。今から朝食の支度をするんだけど、ちょっとだけ朝日を浴びたい心境だった。
早朝だから、見張り程度の人数しか甲板にはいない。あたしはそれぞれにおはようと挨拶すると船べりで風を受けながら大きく伸びをした。ああ、爽やかな朝。
でも、その爽やかな朝がすごく似合わない人がこちらに向かって歩いて来た。
なんとなくヨレっとしてるエセルだ。不機嫌そうな顔だけど、なんとか戻って来てくれたみたい。
あたしは船べりから身を乗り出すようにして手を振った。
「おーい、エセル! おはよう!」
エセルはふと顔を上げ、眩しそうにこちらを見た。朝日が目に染みるみたい。
そして、もしかすると二日酔い? 頭にも響くのかな。
声までは聞こえなかったけど、ああ、とつぶやくように唇が動いた。そうしてその場でエセルが上がって来るのを待つと、エセルはニヤニヤとわざとらしい顔を作った。
「おはよう。ミリザがお出迎えなんて嬉しいな」
「うん、たまたま」
あたしが笑顔で言うと、エセルもあははと笑った。
「ほんとは待ってたくせに」
待ってなかったとは言わないけど、そんな恋する乙女みたいな待ち方じゃないし。
ま、いいか。戻って来てくれたんだもん。
ひとつ息を吐いて流れを切ると、あたしはエセルに笑顔を向けた。
「おかえりエセル」
そういうリアクションは想定外だった?
エセルはちょっとびっくりしたような顔をした。それからあたしに向けて手を伸ばしたけど、あたしはそれを掻い潜ってエセルから距離を取る。慣れたもんだからね。
「あたし、朝食の支度があるから。じゃあね」
笑顔で手を振ると、エセルはクククと声を漏らして笑った。
「ミリザに手玉に取られた気分」
朝っぱらから何言ってる。
でも、ま、そんな軽口叩いてる方がエセルらしい。
あたしは甲板から続く階段を折りながらふと思い出した。
あ、不用意にエセルに近づくなとか言われてたんだった。すっかり忘れてた。
でも、あの調子なら大丈夫なんじゃないかなって思えた。笑顔も見えたしね。
その後もぞろぞろと船員たちは戻って来て、やっと出航。いよいよだ。
聞いた話によると、ここから南西の魔女の孤島へは片道二日ってところ。思ったよりも近い。でも、町では魔女の噂も聞かなかったな。人の行き来が極端に少ないみたい。
もしかすると、その海域は航海が難しいのかな?
どうしてもエセルがいなくちゃいけないっていうくらいだし。
でも、次第に遠ざかるキクレーの町を含めた景色を眺めている分には穏やかな海だった。大変なのはこれから、かな?
☠
その日はいつも通りの一日だった。食事の支度は量が多くて大変だけど、今日も何とか終わった。
お風呂に入ってすっきりした後、あたしはヴェガスたちのところに向かう。ドン、ドン、という太鼓の音と共に、ヴェガスはせっせと漕ぎ手座で櫂を動かしていた。この太鼓の音、最初は誰が叩いてるのかなって思ってたんだけど、実は自動式なんだ。一定リズムで太鼓を叩くカラクリ。ヴェガスが作ったんだって言ってたけど、器用だよね。
ええと、それで、漕いでるのはヴェガスだけじゃない、約半数のパルウゥスだ。漕ぎ手座が一足飛びに空いてる。いつも、交代で寝たり食事をしたりしながら船を漕ぐんだ。
「Στην υγειά μας για την καλή δουλειά,όλοι」(みんな、お疲れ様)
あたしが声をかけると、みんな手を休めずににこりと笑ってくれた。
みんなにわかるように話したいけど、まだ完璧には話せない。だから仕方なく普通に話す。
「疲れてない? ごめんね、先に休ませてもらうね?」
ヴェガスは大きくうなずく。
「ああ、明日も早いんだろう? 私たちのことは気にしなくていいからゆっくりおやすみ」
「ありがと。Καλή νύχτα」(おやすみ)
じゃあ、お言葉に甘えて寝させてもらおう。
あたしは漕ぎ手座の中央の通路を抜け、奥の部屋に向かった。壁の仕切りはあるけど扉の部分がくり抜かれて開いてる、寝るだけのスペース。すでに半分のパルウゥスたちは眠ってるから、そこを起こさないようにそろっと歩く。
一番奥が今のあたしの定位置。お風呂で着替えた服を枕元に置いて、横になった。
みんなと一緒だと落ち着くんだよね。
あたしはほどよい疲れを感じて眠りについた。




