⑤楽しい食事
「――以上だ」
ディオンは船長室でそう締めくくった。
あたしを船長の椅子に座らせ、自分はそばに立って丸めた冊子を片手に指導する。うん、下手な回答だと頭をポカリとやられます。
ただね、何故かヴェガスたちがぞろぞろと漕ぎ手座のある下層の部屋から船長室にやって来てた。船を漕がない間の行動は特に制限されてないし、こうして出て来ても不思議はないんだけど、あんまり出歩きたがらないから珍しい。
前にヴェガスに、上においでよって言ってみたら、私たちはいいよと笑顔で断られた。他の船員がたくさんいる時は気後れしちゃうのかも知れない。
今はあたしたちの授業をニコニコと見守っている。ディオンはきっとやりづらかっただろうね。
ま、たまにはこんなのもいいかな?
ディオンは丸めた冊子を机の上に下ろすと、ヴェガスに向けて言った。
「Έχουμε βγείτε έξω.Παρακαλώ」(オレたちは出かけて来る。後を頼む)
「Καταλαβαίνω.Παρακαλούμε να είστε προσεκτικοί」(わかりました。お気をつけて)
「Σύντομα θα είμαι πίσω」(すぐに戻る)
この程度の会話なら、あたしももうわかるもん。
ヴェガスは微笑むと、みんなに声をかけて船室を出た。みんなが代わる代わるあたしに手を振って行くから、あたしも手を振った。パルウゥスたち全員が去ると、ディオンはじぃっとあたしを見た。……何か?
ディオンは軽く嘆息する。
「本気で気に入られたもんだな。まるで保護者だ」
「うん。みんな仲良くしてくれるし、ヴェガスは親友」
あたしの一番の理解者。
ディオンは意外そうだったけど、それから少し笑った。
「そうか。じゃあ、お前はファーガスとマルロとパルウゥスたちの食事を運んでから甲板に来い」
わーい、外食だ。パルウゥスのみんなにお土産とか持って帰れるといいな。
「了解」
ウキウキとあたしは船長室を出た。
☠
マルロと一緒にヴェガスたちに食事を運んで、それからあたしたちはディオンに言われた通りに甲板に出た。マルロも素直には喜ばないけど嬉しそう。ファーガスさんの他にゼノンもいた。
辺りはもう暗くなってるけど、街灯の明かりがあるから歩くには困らない。
わいわいガヤガヤ。
町の中はそんな感じ。住みやすそうないいところだな。
あたしはほどよく古びたレンガ造りの町角を見回しながらそんなことを思った。
その中のひとつの大衆食堂にディオンはあたしたちを連れて入った。賑やかな声がする食堂だったけど、先頭のディオンが入った瞬間にその賑わいがぴたりと止んだ。
あれ? とあたしが思った次の瞬間には、さっきよりもずっと大きな声で迎え入れられた。
「ディオンじゃないか!? 久し振りだねぇ」
そう言って声を上げたのは、女将さんらしき恰幅のいい女性。ディオンにしてはかなり愛想よく返事をする。
「ああ、久し振り。こっちに来る用事があったし、せっかくだからな」
お得意さん?
あたしとマルロがぽかんと口を開けて様子を眺めていると、そばでゼノンが素早く説明してくれた。
「前にここで乱闘騒ぎがあって、それをたまたま居合わせたディオンが治めてからのつき合いなんだ」
ふぅん、そんなことがあったんだ?
すると、女将さんの視線があたしとマルロに向いた。そして、意外そうに口もとを押える。
「あらまあ、女の子! 女だてらに海賊なの? それとも、ディオンの――」
「ない」
……素早いお返事で。
ちなみに、マルロは気づいてないけど、女将さんあたしとマルロの両方に言ったよ、今の。
女将さんはクスクスと笑って、それからあたしたちを席に案内してくれた。お客さんたちがディオンを遠巻きに眺めながらざわついてる。すごく近寄りがたい雰囲気出してるしね。
丸い木製のテーブルに背もたれのない丸椅子。看板に書かれた本日のオススメは、白身魚とカラス貝の白ワイン蒸し。うん、美味しそう。
「あたし、本日のオススメがいい」
すかさず言うと、ゼノンはクスリと笑った。
「うん、俺もそれにしようかな」
「ボクは……チーズオムレツにする」
と、マルロ。
「ワタシは鶏肉のトマト煮にしよう。ディオンは?」
ファーガスさんが問うと、ディオンは悩むでもなく言った。
「肉。牛がいい」
わかりやすい。シンプルに焼いたステーキとか好きだよね。
あたしはそこから手をあげて大声で女将さんを呼んだ。
「すいませーん!!」
あ、声がでかすぎた? みんな目を丸くしてる。
だって、ここうるさいんだもん。仕方ないじゃない。すごく注目を浴びちゃったけど、まあいいや。
やって来たおばさんに注文をしていると、ディオンがワインを頼んだ。
「ゼノンとファーガスさんは飲まないの?」
すると、みんなが何故か黙った。ん?
ディオンが何故か苦笑する。
「ファーガスはまだしも、ゼノンには飲まさない方がいい。酒癖が悪いからな」
「へ?」
あたしがゼノンを見ると、ゼノンは少し照れたように笑う。
「いや、その、ちょっと記憶が飛ぶ時があると言うか……」
日頃がいい人だから、鬱憤溜まってる? ……見たくないな、ゼノンの醜態。
うん、止めといた方がいい。はい、以上。
そうして運ばれて来た料理は、海辺の町だけあって新鮮で美味しかった。でも他の料理にも興味があったから、マルロの皿からひと口もらって行儀が悪いとマルロに怒られた。細かいんだから、とあたしはマルロの口に白身魚をひと切れ押し込んで黙らせた。テーブルで、クスクスと笑う声が湧く。
美味しかったし、楽しい夕食だったな。
帰り道、見つけたビスケットをディオンにねだってヴェガスたちのお土産にした。
授業参観日(笑)




