①帰路
Ⅳ(全18話)になります。
衰えることを知らない強い日差しと穏やかな海。
それがあたしの世界であたしの居場所。
あたし、ことミリザ=ティポットが厄介になってる海賊船ヴァイス・メーヴェ号は――パハバロス島の領主令息のディオン=フォーマルハウトを船長に、このルースター王国の領海を行く。
ディオンは海賊とは言っても、私掠免許を持つ。要するに、国が認めた海賊ってこと。好き勝手し放題なわけじゃないけどね。取り分は決められてて、定期的に女王陛下に献上に王都へ行くんだ。
今はその帰り。
いや、華やかな王都で気楽な観光ができたらよかったんだけど、ちょっとした事件に巻き込まれたりで滞在が長引いた。やっと帰れると思ったんだけどね、船が王都を出港してすぐにディオンは意外なことを口にした。
「少し寄り道をして帰る」
銅色の髪と海みたいな青さをした鋭い目。どこか野生的な雰囲気を持つディオンは、女王陛下のお気に入りだ。今は特に凛々しく海軍服を着こなしている。
あたしはそんなディオンの言葉に耳を疑った。
「え? どこへ?」
ただでさえ島へ戻る予定の期日を過ぎてる。みんな心配してるんじゃないかな?
あたしがそんな風に思ったことを砲撃手のゼノンは見透かしたみたい。爽やかに笑って言った。その笑顔がいかにも好青年なんだよね。実際、すごく優しいしね。
「島には帰りが遅れると伝書鳩を飛ばしておいたよ」
あ、なるほど。鳩ね。
そういえば、出かけに数羽カゴに入れてた。
甲板の上でゆーらゆら、ゆったりとした時間。いつも目まぐるしいから、たまにはこういうのもいいよね。
なんてあたしがのん気に構えていたら、船医兼料理係のおじいちゃん、ファーガスさんがぽそりと言った。
「魔女の孤島だね?」
ディオンはうなずく。
ま、魔女? うわー、冗談だといいな……。
魔女って、あたしも詳しいわけじゃないけど、あれでしょ?
不思議な力で人間や家畜に害を与える女の人。悪魔と密接に関わる――。
小さい頃なんてよくお母さんに脅された。いい子にしてないと魔女に攫われちゃうよって。
「ま、魔女になんてどうして会いに行くの?」
思わずあたしがそう口走ると、ファーガスさんは事も無げに言った。
「魔女は優れた調薬の技術を持つからね。時折、薬を買い求めに行くんだよ」
「魔女の薬……」
あたしがごくりと唾を飲むと、隣のマルロに鼻で笑われた。海賊見習いの金髪美少年。ヴァイオリンが上手で性格に難あり。うそうそ、そのヒネたところも可愛い。
「お前、どんな想像してるんだよ? 世間の噂でも間に受けてるのか?」
すると、ディオンも呆れて言った。
「魔女なんて呼称は、彼女の一族の調薬が凡人には不可思議に見えるからついたに過ぎない」
疑わしげな目をしたあたしに、ファーガスさんはにこりと笑った。
「彼女の腕前は神業だ。魔女――テルシェは聡明で美しい女性だよ。神性も魔性も同じことだ。見たいものが見たいように感じるに過ぎない」
お医者さんでもあるファーガスさんはそのテルシェさんっていう魔女をすごく買ってるみたい。ファーガスさんがそんな風に言うから、あたしの偏見も少しだけなりを潜めた。
「孤島は王都から南南西の海峡を抜けた先にある。ここまで来たついでだからな」
そういえば、エセルは真面目に操舵席にいた。だから、この会話には参加していなかった。
エセルバート=レグルス。
ディオンのお抱え操舵手。腕は悪くないんだと思うんだけど、何せ女好きでトラブルが多い。
あたしはふと思ったことを口にした。
「魔女さんが美人なら、エセルは喜んで行くよね?」
だって、節操ないもん。
そう思ったんだけど、みんなは複雑な顔をした。あれ?
「ところがだな、やつはあの場所が大嫌いだ。毎回毎回、渋るエセルを宥めすかして向かうのにひと苦労だからな」
ディオンがそんなことを言った。ゼノンは乾いた笑い声を立てる。
いくら美人でも相性ってあるからね。エセルはその魔女さんが苦手なのかも。
あのエセルに苦手意識を持たれる魔女さんて一体……。
「ふぅん。そんなに嫌がってるなら留守番してもらったら?」
試しにそう言ってみたら、ディオンは嘆息しながらかぶりを振った。
「あの孤島へ行くにはエセルの協力が必要不可欠だ」
そうなの?
エセルの操舵技術がどうしても必要なくらいの場所なのかな?
それじゃあ、嫌でも協力してもらうしかないね。




