⑲イーリスライト
セラスはあたしとマルロくらい怖くもなんともないのか一人でやって来た。手には宝石のネックレスが入っているらしきケースを持ってる。それを手に、あたしとマルロに近づいた。
「本来ならお前らみたいなガキが拝めるものじゃないんだが、まあ仕方がない」
渋々、あたしたちに見えるように膝を折ってケースを開けた。
そこにあったのは、確かに青緑色の宝石だった。でも――思ったよりも大したことない。
プラチナの装飾は綺麗だけど、肝心の宝石は大きいだけで輝きが鈍い。あたしたちががっかりした顔をすると、セラスはケースをパシンと閉めた。
「お前たちにはこの宝石の価値はわからないだろうな」
うん、全然。
「そこら辺の石っころみたい」
堂々とあたしが言うと、セラスは噛みつきそうな顔をした。なんでこんな石にそこまでこだわるの?
すると、セラスは声を一段と低くしてあたしたちに言った。
「今から言うことはヘイリーにも誰にも漏らすな。証言台の上でだけ口にしていいことだ」
お?
「この宝石は、昼と夜とでは違った顔を見せる。夜は鈍い青緑色の石だが、陽の光を浴びた時、この石は世にも稀な虹色の輝きを持つ宝石となる」
昼と夜、ふたつの顔を持つ宝石。
「幻の『イーリスライト』それがこの宝石だ」
それはまたすごいものを……。
でも、光の下で見ないことには鵜呑みにできないんだけどね。本当だったらすごいなぁ。
「……僕たちがこの宝石を目にしたのは昼間、そういうことでいいんですね?」
あたしが落ち着いて返すと、セラスはにやりと笑った。
「なかなか頭の回転が速いじゃないか。見た目もまあ整っているし、全部落ち着いたら陛下にお願いして私の手もとに置いてやろう」
要らないし。気に入られたくないんだけど。
そんな心の声を飲み込んで、あたしは愛想笑いをしておいた。
「ありがとうございます」
セラスはあたしの顔とマルロの顔をじぃっと見つめた。そうして、ぽそりと言う。
「フォーマルハウトが少年趣味だったとはな。これで陛下の寝所に侍らない理由が理解できた」
はいぃ?
あたしとマルロが呆然としてしまった中、セラスは一人納得して去って行った。
ぽかん。
「……変な誤解されたよ?」
「お、お前のせいだろ?」
「ええ!」
大事の前の小事? ……ってことで、ごめんねディオン。
いやー、怒られそうだけど。
「でもさ、これでちょっとだけわかった気がする」
「何が?」
マルロが顔をしかめた。
「うん、セラスはやっぱりついでにヘイリーも陥れるつもりなんじゃない? だって、宝石の秘密も明かしてないし、怪しいよ?」
「でも、ヘイリーはヘイリーでセラスから宝石を奪うつもりなんじゃないのか? だって、セラスは自分で宝石を盗られたって言ってるんだから、ほんとに盗られてもなんにも言えない。ヘイリーがセラスの盗られた宝石を見つけましたって言ったらそれまでだ。一番美味しい思いができるのはヘイリーだ」
「やっぱりそう思う?」
マルロもなかなかの洞察力だなぁ。
「だとすると、セラスが持ってるあれは多分偽物。セラスだってそれは警戒してるはず。ってことは、本物はやっぱりセラスがどこかに隠し持ってるんだろうね」
あたしとマルロは顔を見合わせて黙った。
なんかドロドロ……。
こんな陰謀に巻き込まれて、ディオンも大変だよね。こうしたことも割り切ってはいるのかも知れないけど、疲れることは確かなはず。
「その本物をどう押えるか、ここにいたんじゃそこはどうにもできないよね。あたしたちがここでできるのは、ヘイリーがセラスともめるように仕組むこと、かな?」
「……お前、平然と言うなよ。とんでもないヤツだな」
こんなの守れとか、なんでディオンは……とか、マルロがブツブツ言ってるけど、そこは気にしない。
「あ、マルロ、ご飯全部食べちゃ駄目だからね? あたしたち、不安で仕方がないイタイケな子供たちなんだからね? こんな状態なんだから、食事ものどを通らないの。食べていいのは半分まで」
食事なんてパッサパサの薄切りパンにハムと卵が乗ってるだけなんだけどね。マルロは嫌そうに顔をしかめた。
「こんな不味そうなの、要らない」
あれ? もしかして、ほんとに食事がのどを通らない?
マルロ、何気に繊細だから。
でも、それじゃあいざって時に動けないよ。
「駄目。半分は食べなさい」
あたしはそう言って味も素っ気もないパンを頬張った。
「お前の図太さ、見習いたいよ」
イヤミたっぷりにそんなことを言いながら、マルロも渋々食べ始めた。
ほら、ちゃんと備えて待機してなきゃいけないんだからね。
でも――。
あたしとマルロが拘束されて、ゼノンはその後どうしたのかな?
ディオンたちはどう動くの? そこが読めない。
あたし以上に頭が切れるんだから、きっと大丈夫だって信じておこう。
この宝石は架空の代物です。
アレキサンドライト的な……。




