⑰三つ巴
あたしとマルロは抵抗する間もなく酒場の中へと押し込まれた。最後には突き飛ばされ、床に折り重なるようにして倒れた。いたた、あたしが下! マルロは軽いけど。
マルロは反抗的な目をしてるんだろうな。チンピラたちがあたしたちを見下ろしてる。
あーあ、どうしよう? どうとぼけようかな。
そんなことをあたしが考えてると、チンピラの足の中になめし皮の精巧なブーツがあった。あたしがそろりとその足の持ち主を見上げると、それは見たこともない男だった。癖のある黒い髪に通った鼻筋、しっかりとした顎のライン。ワイルドでセラスとはちょっとタイプが違うけど、美形ではあるのかな。服装もいい服なんだけどちょっと着崩してる。
……誰?
あたしとマルロが呆然としていると、その男の後ろからセラスがやって来た。
「このガキども、さっき道にいた……」
ギク。
あたしの上でマルロも体を強張らせた。
「なんだ、ただの迷子か?」
もう一人の男がそんなことを言った。
それに対し、セラスは少し考え込むような顔になる。
「このガキどもを連れていた男に見覚えがある気がしたんだ。さっきは引っかかるだけで思い出せなかったけれど、そうだ……あの男はフォーマルハウトの片腕だ」
ギクギク。
もう一人の男はほぉ、と不気味な声を上げた。
「ディオンの。じゃあ、このガキどももディオンの指示で王都を探っているわけだ?」
「なあへイリー、このガキはとりあえず倉庫にでも閉じ込めておくとして、表にいるあの男をなんとか追い払った方がいいのでは……?」
へイリー。どっかで聞いた名前だと思ったら、さっき聞いたばっかりじゃない。女王の恋人の一人だ。
この二人、なんでこんな場末の酒場で会ってるわけ?
その途端に、あたしは薄々宝石紛失の裏事情が読めて来た。
セラスが協力を頼んで二人で宝石を探し出そうとしてるんじゃない。
宝石が盗まれたって言うのがセラスの狂言だと仮定したら?
陛下の寵を競い合う、本来ライバル同士であるはずのこの二人が協力し合う事態――二人にとっての利は、ディオンの失脚だったりとかしない?
……宝石を盗んだのはディオンの手の者だって、盗られた宝石と一緒に陛下に告げたら、陛下は信じるの?
あたしはそっと女王の恋人たちを見上げた。そうしてぞくりと身を震わせた。
「探す前に丁度いいのが手に入ったじゃないか。こいつらを使えばいい」
へイリーがあたしの憶測を裏づけるようなことを低くささやいた。セラスもクスリと笑う。
「ああ、手ぐせの悪い子供たちだね」
まずい……。
すっごくまずい流れができてる。
このままだとあたしたち、宝石泥棒に仕立てられてディオンの足を引っ張ることになる。あたしは体を起こすと、無言で青ざめているマルロを抱き締めた。いつも反抗的だけど、まだまだこんな事態に遭遇したことなんてないんだから無理もない。――マルロのことはなんとか逃がせないかな?
だって、マリエラやお父さん、お母さんが待ってる。
あたしはキッとヘイリーを睨みつけた。セラスよりもきっとこっちの方が厄介だ。そんな気がした。
ヘイリーはあたしの目を見据え、にやりと余裕で笑った。
「さすがディオンの子飼いだ。ガキでも生意気な目をしているな。この状況でそんな目ができるとは、大したもんだ」
裏でコソコソしてる小物にディオンは出し抜かれたりしないもん。
失脚するのはそっちの方だ。
あたしは目でそう語ってやっただけ。
「じゃあ、閉じ込めておけ。とりあえず、危害は加えるなよ」
そのひと言にとりあえずはほっとした。
大丈夫、無駄に怖がらない。だって、マルロがいるんだから、あたしはしっかりしなくちゃ。
「立て」
今逆らってもどうにもできない。あたしたちは素直に立ち上がって連れられて行った。
こうして、捕らわれの身?
――なんてね。冗談じゃない。
こんな状況だろうと、あたしにできることがまだあるはず。
冷静に、ちゃんと頭を使って考えなきゃ。あたしにできることを。
あたしは背中を押されて酒場の奥へ連れて行かれる最中もずっと考えてた。
あの二人、今は利害が一致しているから協力関係にあるけど、多分どちらかは裏切る算段でいるんじゃないかな? ディオンを追い落としたその次に。
お互い、それを警戒しているはず。その猜疑心を煽ることはできないかな?




