⑫お手伝い
ディオンたちはその盗まれた宝石の捜索を開始したみたい。急がしそうでなかなか船に戻って来ない。
あたしは事情を知っちゃったから何も言わずに送り出すだけだ。
でも、一人納得できないでいる人物がいた。マルロだ。
「陛下にお会いしたのに、どうしてまだ島に帰れないんだろ?」
食事の支度をしながらそんなことをつぶやくから、あたしはドキリとした。ファーガスさんはディオンから聞いてたと思うんだけど、顔にはまったく表れてない。平然としてる。
「陛下がもう少し残るように仰ったそうだ」
マルロは少し面白くなさそうな様子だったけど、それで納得したみたい。
「ふぅん。陛下は気ままなお方だからな」
なんて、訳知り顔で不敬なことを言う。きっとディオンがそう言うんだろうな。
……それにしても、ディオンがどうやって陛下と接してるのか全然想像がつかないよ。
マルロに視線を向けて苦笑したファーガスさんはぽつりと言った。
「しかし、こんなに長引くと思わなかったから、食材が足りないな。帰りの分も確保しなければいけないし、買出しが必要だ」
その言葉にあたしは飛びついた。
「はい! あたしも行きたい!」
すかさずマルロも手を上げる。
「ボクも!」
そんなあたしたちにファーガスさんは嘆息した。
「買出しは誰かに頼む。お前たちは留守番だ」
「えー!」
すると、ファーガスさんはちょっとだけ厳しい目をした。
「お前たちは都会の恐ろしさをわかってない。不慣れな女子供がフラフラとして攫われても知らないぞ」
そんなこと言うけど、あたしの故郷の港町だって治安はよくなかった。危ないところには近寄らないようにしてたし、自分の身は自分で守って来た。あたしより、穏やかな島育ちのマルロの方が危ないのかもね。
でも、そんなこと言うと怒るから言わないけど。
あーあ、外に出たいなぁ。それがあたしの本音だった。
……こっそり抜け出すことってできないかな?
ちょっとだけそんな悪いことも考えちゃう。いや、でもそれはやっぱり駄目だよね。
ファーガスさんは厨房を出て行った。多分、買出しにつき合ってくれる相手を探しに行ったんだ。
そこであたしはなんとかして買出しに連れて行ってもらえるように考えを巡らせた。そして、マルロにささやく。
「ね、行きたいよね?」
「そりゃあ――」
そう言いかけて、マルロはキッと目の端をつり上げた。
「でも、ディオンが駄目だって言ったんだ」
「はいはい、言ったね。でも、ディオンがこの人と一緒ならいいって許可してくれる相手がいればいいんじゃない?」
「へ?」
そう、あたしやマルロだけなら駄目って言うけど、例えばファーガスさんとかゼノンが一緒ならどうかな?
「ゼノンに頼んでみない?」
すると、マルロはちょっとだけ黙った。よし、いける。
「でね、マルロにお願いがあるんだけど――」
そのひと言をマルロは警戒した。そんな大したことじゃないってば。
☠
ゼノンはディオンの宝石捜索につき合っているんだと思う。帰りはやや遅かった。
あたしとマルロはこっそりとゼノンの部屋を訪れる。コンコン、とノックすると、ちょっとだけ疲れたような声がした。
「誰?」
「あたし」
「ボク」
そんな返答に、クスクスと優しく笑う声が返った。
「どうぞ」
じゃあ遠慮なく。あたしが扉を開くと、着替えの最中だったのか、手に上着を持っている状態のゼノンが驚いた目をした。
「ミリザ?」
「うん、似合う?」
あたしは部屋の中でくるりと回って見せた。裾のヒラヒラとした膝丈のパンツが揺れる。上はフリルのついたドレスシャツとベスト。実はこれ、胸を隠すための格好。苦しくない程度にシャツの下には布を巻いてある。長い髪はキャスケット帽の中に押し込んだ。
「マルロに借りたの。これで少年っぽく見えるでしょ?」
でも、ゼノンはそんなあたしに不安を覚えたみたい。
「あのさ、ミリザ、町に連れて行けとか言わないよね?」
「駄目?」
「まあ……難しいな」
やっぱりか、とばかりにマルロが隣で嘆息する。
「そんなんで連れて行ってもらえたら苦労しないんだよ」
ゼノンも苦笑する。
「ごめんな。今、少しやらなきゃいけないことがあるから余計に難しいかも」
本来ならここで諦めるよね。でも、ゼノンがそう言い出したことがあたしにとっては好機だった。
にこりと不敵に笑ってみせる。
「ゼノン、その『やらなきゃいけないこと』の手伝いがあたしたちにできるかも知れないよ?」
「え?」
予想外の答えに、ゼノンは目を丸くした。マルロはただ瞬きを繰り返してる。
「あたしやマルロみたいな子供は警戒心を抱かれにくいでしょ。情報収集には打ってつけじゃない?」
「それは――」
「迷う前に試してみたら?」
そう言っても、ゼノンは簡単にはうなずかなかった。あたしやマルロのことを心配するから。
でも、あたしたちにだって見たいし知りたいことが山ほどある。それに、ディオンの力にもなりたいと思う。できることが、あたしたちにだってあるはず。
あたしはまっすぐにゼノンの方へ歩み寄ると、ゆったりとしたパンツの裾から拳銃『シャルルドミルス』を取り出してゼノンに見せた。
ディオンもゼノンも不可能だと思ったことをあたしはやり遂げた。その証の銃。
「あたしが状況を打破する鍵になるかも知れないじゃない? 手詰まりなら余計に、ね」
笑うあたしに、ゼノンは絶句してしまった。そうして、深々とため息をつくのだった。




