⑩爽やかな朝
朝になってあたしが目を覚ますと、パルウゥスたちはまだ眠ってた。起こさないようにそっと寝場所を抜け出す。
でも、ヴェガスだけは気づいて起きちゃった。
「あ、ごめん。起こしちゃった?」
「いや」
と、ヴェガスも体を起こす。そうして、あたしを気遣うように目を向けた。
「大丈夫かい?」
あたしは昨晩のことを思い出して後悔した。あんなこと言わなきゃよかった。なんで弱音なんて吐いちゃったんだろ?
弱った心が少しの回復を見せた途端、どこかへ逃げたいような気持ちになってしまう。
でも、もう遅い。一度吐いた言葉は取り消せないから。
すると、ヴェガスはそんなあたしの心が透けて見えたみたいに悲しそうに笑った。
「君が抱えるものを打ち明けてくれて嬉しかったよ。私たちはいつでも君を支える力になるから、そう独りで耐えようとしないでいい」
――そんな風に言ってもらえたことが今までにあったかな?
あたしの弱音が嬉しかったなんて。
不意にどうしようもなく感情が揺れて涙が滲んだけど、それは悲しいからじゃない。あたしは笑ってヴェガスに言った。
「うん。あたし、みんなに会えてよかった」
ヴェガスはようやくほっと息をついたように見えた。
ありがとう。
心からそう思うよ。
☠
あたしは物陰でさっと着替えを済ませると、顔を洗ってファーガスさんのところへ行こうとした。廊下を歩いてると、その途中の壁にもたれかかってたゼノンがいた。もう海兵の格好じゃなくて、普通のチュニックだ。あたしの姿を見つけると、ゼノンは爽やかに笑った。
「おはよう、ミリザ」
「おはよ。早いね?」
あたしも笑って返すと、ゼノンは壁から背中を浮かせてあたしの前に立った。そして、ポケットから何かを取り出してあたしの手の平に押しつけるようにして手渡した。
「ミリザは船から出られないから、せめて何か王都の空気を感じられるものがないかなって探してみたんだ。若い女の子にって言ったら、それがいいんじゃないかって店の人が。今、王都ではやってるデザインなんだってさ」
ゼノンがくれたのはコンパクトだった。表にはキラキラと緑の輝石が輝く。カチリとフタを開けると、中は鏡になってた。確かに、女の子が好きそう。
「昨日は晩餐の席が長引いてなかなか帰れなくてね。今日になったけど」
……ご、ごめんなさい。昨日の晩、その……嫌な疑いをかけて。
爽やか過ぎる笑顔が眩しくて、あたしは申し訳なくなってた。
魅惑的で賑やかな王都の中でゼノンはあたしのことを気にしてくれてたんだなって思ったら、ちょっと嬉しかった。
「ありがと、ゼノン。大事にするね」
そう返すと、ゼノンはそっとうなずいた。
やっぱり天然タラシだ。でもね、ほんとに誠実で優しい。だからいいんだ。
あたし、昨日は自分の不幸を嘆いてバカみたいだった。あたしの周りにはこんなにも優しい人たちがいて、今ってあたしの人生の中で幸せな瞬間なんじゃないのかなって、そう思えた。
うん、そうだよね。
クヨクヨしないで今を楽しく生きよう。
あたしはゼノンと別れて食堂に向かった。そうして、そこで珍しい人に会った。
「あれ? ディオン……」
ディオンは普段、食堂で食事はしない。マルロかファーガスさんが船長室まで食事を運んでる。
何でみんなと食べないのって訊いたら、オレがいたら船員の気が休まらないからって言ってた。ディオンは割と船員に厳しいから、確かにディオンがいるとみんなちょっと緊張してる。偉そうでいて意外と細やかな気の遣い方してるんだよね。
でも、食事をしてた風でもない。食堂の椅子に座ってファーガスさんと話してたみたい。二人はあたしに目を向けるとそのまま会話を打ち切った。
「おはよう、ミリザ」
ファーガスさんが目尻の皺を深くして言った。
「おはようございます」
あたしが普通に挨拶を返すと、座ったままのディオンはあたしの方をじっと見ていた。……何?
なんだろ、すっごい睨まれてる! なんか怒ってるの?
そこであたしはハッとした。そうだ、宿題だ。
「あ、えっと、宿題なら全部は終わってないけど、一応真面目に取り組んでたよ?」
終わってないって正直に言った。更に怒るかなって思ったけど、ディオンはどうでもよさそうに、そうかって言っただけだった。
そして立ち上がる。
「用ができたからな。しばらくの間、王都に滞在しなければならない。宿題はその間に終わればいい」
「え? そうなの?」
「ああ。じゃあ、少し出て来る」
「うん、いってらっしゃい」
あたしがあっさりと見送ると、ディオンは眉根を寄せた。あたしが連れて行ってっていうと思ったのかな? ちょっと意外そうだ。
「がんばってね」
ディオンも色々大変そうだし、気苦労も堪えないんだなと思うから、あたしなりに素直に言ったんだけど、ディオンはあたしの言葉に裏がないか探るみたいな目をした。失礼な。