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夢と希望と海賊船  作者: 五十鈴 りく
Ⅲ・宝石と恋人と女王陛下 
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⑨癒えない心

 そこからあたしは船の中に戻った。

 体がすっかり冷えちゃって、お風呂に入った。ちょっとぬるめになってたお湯を焚き直して、ゆっくり浸かる。覗くような人も今日はいないし、安心。


 あたしは首までしっかりと浸かって、ぼんやりとしてた。

 なんだろ、ちょっと情報量が多すぎて消化できない感じがする。

 ディオンと女王陛下のこともびっくりしたけど、それ以上に――。


 普段は気のいいみんなだけど、娼館で働く女性のことをどう思ってるんだろ?

 そう考えたら切なくなった。

 相手も仕事だから割り切ってると思って買うの?

 わかってるよ。別に悪いなんて思ってない。仕方ないことだもん。


 でも――。

 あたしが働く店にみんながお客として来てた可能性もあるんだなって思ったら……。


 そこであたしは自分の頬をパシンと両手で叩いた。

 それは、起こらなかったこと。あたしは売られる前に逃げたんだから。

 考えたって仕方ない。割り切ろう。


 みんななら、仕方なく娼婦に身をやつしてる女の人を蔑んだりしないよね?

 下働きに行ってた娼館のお姉さんたちは楽しくて綺麗で可愛かったけど、時々気を抜いてるとすごく疲れたようなウロみたいな目をしてた。あたしはその目がどうしても忘れられない。

 あたしは取り留めのない感情に区切りをつけてお風呂から上がった。



 そうしてヴェガスたちのところに戻ると、みんなもう休む直前だった。


「ミリザ、もう休もうか」


 ヴェガスがそう微笑む。


「でも、宿題終わってないよ」

「終わると思って与えている量じゃないだろう。ディオンもそこはわかっているはずだ」


 うん、あたしへの足留めだ。あたしはクスリと笑った。


「そうだね。寝ようか?」

「ああ」


 パルウゥスのみんなもそろってうなずく。ここでは雑魚寝なんだけど、でもなんかそれがかえって落ち着くんだよね。


「Καλή νύχτα,όλοι」(おやすみ、みんな)

「Καλή νύχτα,Μίριο」(おやすみ、ミリザ)


 みんな口々に言って、そうして灯りを消した。

 明日、ディオンたちに会った時には平然と振舞わなきゃ駄目だな。気をつけなきゃ。

 なかなか寝つけないかなと思ったんだけど、そうでもなかった。割とあっさり眠れたのは、ヴェガスたちがそばにいてくれたからだろうな。



 ――ただ、寝覚めはあんまりよくなかった。


「ミリザ」


 あたしを呼ぶヴェガスの声がした。ハッとして目を開けると、そこには心配そうなヴェガスの顔があった。薄暗くってよく見えないけど、すぐにそう思えた。


「うなされていたよ」

「あ……」


 あたしは自分の頬を伝う涙を拭って体を起こした。


「ごめんね、ヴェガス。起こしちゃったね」


 申し訳なくてそうつぶやくと、ヴェガスはかぶりを振った。


「そんなことはいいよ。ミリザ、我慢ばかりしていてはいけない。何がどうつらいのか私にはわかってあげることはできないかも知れないけれど、私たちは君をとても心配している。それだけは信じてほしい」


 誠実な言葉。ヴェガスの言葉はいつも優しくて胸に響く。

 だからかな。弱気になってたあたしは膝を抱えたまま、気づけばポツリポツリと語り出してた。誰にも話してないあたしのことを。


「もちろん信じてるよ。だから、ヴェガスには弱音も吐ける気がする」

「そうだと嬉しい」


 柔らかな笑顔に、あたしは何か更に泣きたい気持ちを堪えながら語った。


「あたしね、家出して来たの。親はあたしを娼館に売るつもりだったみたいなんだけど、あたしはそれが嫌で逃げて来ちゃった。先のことも何も考えないで、とりあえず逃げることだけを優先して船に乗ったの」


 ディオンたちには言わない。言いたくない。

 でも、ヴェガスになら言えた。抱え込んでいた重荷が、ほんの少しだけ軽く感じられる。錯覚かもしれないし、後で後悔するかも知れないけど、今はそう思えた。

 ヴェガスは何も言わなかった。無言であたしの頭をよしよしと撫でてくれる。そのあたたかさに、あたしは止め処なく涙が溢れてた。


「うっく……っ」


 変な声。しゃくり上げながらあたしは心の膿みを出すようにして泣いた。


「大丈夫だよ、ミリザ。ここに君を責める者はいないから」


 あたしの選択は、正しかった? それとも、嫌なことから逃げただけなの?

 あそこにいたお姉さんたちだって逃げ出したかったはずなのに。


「今は何も考えなくていいから休むんだ」


 ヴェガスの安心感に包まれて、あたしは泣き疲れてうとうとと体を横たえた。そんな時、パルウゥスのものじゃない足音が夜の船内に響いた。


「……ちゃんといるな?」


 この声、ディオンだ。でも、今は顔を合わせたくないし眠たいから反応しなかった。


「そう、よかった。ミリザなら出て行きかねないってちょっと心配で」


 ゼノンもいる。何か言われてるけどもういいや。お早いお帰りで。

 皮肉な心でそう思った。すると、ヴェガスがボソリと言った。


「Παρακαλώ δώστε στην ήπια τώρα」(今はそっとしておいてあげて下さい)


 すると、ディオンの低い声が返る。


「Μήπως εφιάλτης?」(うなされていたのか?)

「Ναι」(はい)


 そこで小さなため息が漏れた。


「Ελήφθη.Τις καλύτερες ευχές」(わかった。そいつを頼む)


 ヴェガスがそばでうなずいたような気配があった。ディオンは――心配してくれてるみたい。エピストレ語はところどころしかわからなかったけど、声の調子からそれだけは伝わった。


 ディオンは何も変わらない。みんなそうだ。だから、あたしも態度を変えちゃいけない。あたしの想いはあたしの中で処理するから。

 目が覚めたらいつものあたしに戻るから。

 

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