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夢と希望と海賊船  作者: 五十鈴 りく
Ⅲ・宝石と恋人と女王陛下 
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②理解者

 翌日、あたしはディオンのエピストレ語の授業が終わった直後、領主館を抜け出した。

 抜け出したなんて言うと脱走みたいか。この後、ゼノンに拳銃の指導をしてもらう予定なんだけど、少しだけ休憩時間だから、その間は自由に動ける。

 その間、あたしはヴェガスのところに向かった。


 ヴェガスはパルウゥスたちのリーダー的な存在だ。すごく頼りになる。

 ヴェガスの家は領主館から坂道を下ってずーっと向こうを右手側に折れた道の先にある。どちらかと言えば海よりも森に近いところ。その一角はパルウゥスのための家が集まって集落みたいになってる。


 その柵のそばに近づくと、真っ先にあたしに気づいてくれたのはクロノスだった。クロノスはパルウゥスたちの中でもまだ若い青年らしい。外見からはあんまり差がないからわかりにくいけど。

 クロノスはニコニコと木製の杭を抜いて柵の入り口を開けてくれた。あたしも笑顔で訊ねる。


「Γεια,Κρόνος.Βέγας είναι?」(こんにちは、クロノス。ヴェガスは?)

「Θα μείνετε στο σπίτι」(家にいるよ)

「Σας ευχαριστούμε」(ありがとう)


 これくらいの簡単な日常会話ならもうできる。この集落にも何回か足を運んでるし。集落の中で何人かのパルウゥスにあたしは笑顔で挨拶した。みんな小柄で、ここに来るとあたしが一番大きいから変な感じがする。でも、パルウゥスたちはすごく力持ちだから、背が高いだけのあたしとは比べ物にならないんだけどね。


 

 ここではヤギや鶏なんかの家畜も飼っている。集落の奥に進むと、藁葺きの風通しの良さそうな家の中で少しだけ大きな家がある。それがヴェガスの家だ。


 あたしはその家の扉をノックする。すると、可愛らしい声がして扉を開けてくれた。

 クリクリの大きな瞳に長い髪。モーブグリーンのワンピースにエプロンをして、全体的に丸っこくて穏やかな印象のパルウゥスの女性――彼女はヴェガスの奥さんだ。


「Γεια,Άρης」(こんにちは、アリス)


 アリスはあたしを見上げて優しく微笑んでくれた。


「Ω,Καλώς ήρθατε」(まあ、いらっしゃい)


 そうして、家の中へ声をかける。


「Μπορείτε, ήρθε η Μίριο」(あなた、ミリザが来てくれましたよ)


 アリスはあたしを中へ入れてくれた。入り口は、あたしが少し頭を屈めなくちゃいけないような低いものだけど、中は天井が高くてあたしくらいなら立っていられる。ディオンたちはちょっとつらいだろうけど。例えるなら屋根裏部屋くらいかな。

 食卓や椅子、クローゼット、調度品もちゃんとそろってる。船を漕いだりして稼いだお金で買ったんだろうね。


 入り口のマットの上に乗った時、あたしのそばにヴェガスがやって来た。ヴェガスの子供のクリオスを抱っこしてる。その足もとにはもう一人、お姉ちゃんのイクスィスがいる。クリオスはまだ赤ちゃんの男の子。イクスィスはパルウゥスの年齢で四歳だって言ってた。

 二人ともすごく可愛い。


「Γεια,Βέγας,Ιχθύς,Κριός!」(こんにちは、ヴェガス、イクスィス、クリオス!)


 あたしが元気に挨拶すると、イクスィスも満面の笑顔で答えてくれた。


「Γεια!」(こんにちは!)


 ちょっと舌ったらずな声がまた可愛い。


「やあ、ミリザ。よく来たね。私に何か用があるんだね?」


 ヴェガスは聡明な面持ちで流暢にそう言った。

 パルウゥスたちの言語はエピストレ語。だけど、ヴェガスだけはあたしたちの言葉を理解して自在に操れる。ただし、そのことは秘密。これはあたしにだけ打ち明けてくれたこと。


「うん、そうなの」


 そんな空気を察してくれたのか、アリスがヴェガスからクリオスを受け取った。うとうとしてたせいか、急に動かされてあーとかうーとかうなってるけど、ママに抱っこされて機嫌を直してくれた。

 ヴェガスはあたしを席に着かせてその正面に座り込んだ。


「それで、どうしたんだい?」


 つぶらで澄んだ瞳があたしを見据える。あたしは思い切って相談した。


「あのね、ディオンたちが王都まで女王様に献上品を持って行くって言うの。なのに、あたしは留守番だって。ひどいよね? あたしだって王都行ってみたいのに」


 すると、ヴェガスは苦笑した。


「まあ、私たちも堂々と王都を歩くことはないからなんとも言えないが、ミリザが興味を持つのも無理はないな」


 パルウゥスは優秀な船の漕ぎ手として隷属させられることが多い。ディオンはちゃんと雇ってくれてるけど、もしヴェガスたちがつかまったりしたら大変だから王都へ行っても船の外には出さないんだろうな。

 あたしがぼんやりとそんなことを思っていると、ヴェガスはうなずいた。


「ディオンも何も意地悪で言っているわけじゃない。君を危険な目に遭わせないようにという配慮でもある。もちろんそれは君にとっては窮屈なことだろうが」

「うん、窮屈」


 即答した。

 配慮? 船に乗せたくないからじゃないの? またどうせ風紀が乱れるとか言うんだ。

 ヴェガスはうぅん、と眉根を寄せた。


「でもまあ、ここに残して行くのもそれはそれで不安なような……」


 ん?


「わかったよ。君も一緒がいいとみんなが言っているとディオンに伝えてみよう」


 細かいことはいい。ヴェガスがそう言ってくれたことがあたしには心強かった。


「ほんと? ありがと、ヴェガス!」

「その代わり、大人しくしてないと駄目だよ?」

「もちろん!」


 あたしは大きくうなずいた。

 ヴェガスはいつもあたしを心配して気遣ってくれる。身内も何もいないこの島で、あたしの一番の理解者はヴェガスなんじゃないかなって思う。

 

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