④シー・ガル号
「誰の許しがあってこのシー・ガル号に乗ったんだと訊いている。さっさと答えろ」
怖いけど、答えなきゃいけない。あたしは思い切って振り向いた。
その声の主は――。
正直、不覚にもちょっとだけ見とれた。
日に焼けた小麦色の肌に汗で貼りついた銅色の髪。鋭い瞳は青くて海みたいだ。はだけたシャツから鎖骨や肌が覗いてて、色気があるって言ったらいいのかな? 二十代前半くらいだと思うんだけど、背も高いし――こんな男前な人、町にはいなかったよ。
あたしは、目が合うとそらせなくなってた。その瞬間、あたしはこの人がどういう人なんだか忘れてたのかも。呆然としていると、背後から手が伸びて、あたしはその手に顔をつかまれた。
「ヒッ!」
顔を向かされた方にもう一人、長い髪の男の人がいた。すっきり整いすぎたくらいの顔立ちに甘い微笑。あたしがぽかんと口を開けていると、その人は弾むように言った。
「こりゃあ可愛い戦利品だな、船長?」
戦利品って、ちょっと、いや大分違う。
この人の方が少し年上っぽいけど、船長はこっちのお兄さんみたい。若いのに荒くれの海賊をまとめるなんてできるのかな?
なんてあたしが考えていると、船長さんはため息をついた。
「エセル、そいつは戦利品どころか密航者だ。海に捨てろ」
あんまりにもあっさりと言うから、冗談だと思った。
冗談だよね? 脅しだよ、ね?
エセルって呼ばれたお兄さんはあたしをじぃっと見つめて、それからあたしをすっぽりと腕の中に収めた。
「捨てるくらいなら僕がもらうよ。勿体ないじゃないか」
……腰、撫でないでよ。
その途端、船長さんは鋭い目つきを更に厳しくして言い放った。
「捨てて来い」
そんなやり取りをしていると、甲板をバタバタと走って来る人達がいた。
「ディオン! エセル! 何やってるんだよ」
海賊の割に爽やかな声が割り込む。この船長さん、ディオンって言うんだ?
あたしはエセルさんに抱きすくめられたままそっちを見た。そこにいるのは、薄茶色の猫毛に青い瞳をした好青年っぽいお兄さんと、さっきのおじいさん、それから、まだ十二歳くらいかな? 金髪に灰色の瞳の女の子みたいな美少年。
「エセル! 女なんて攫ったの? 掟破りだよ!」
美少年が癇症な声を上げた。
エセルさんは首を振って笑ってる。
「いや、ここにいたんだ。僕が攫ったんじゃないし」
「ほんとなのか、ディオン?」
猫毛の好青年が船長のディオンさんに訊ねる。けど、ディオンさんは仏頂面であたしを睨むだけだった。
そんなディオンさんに代わり、おじいさんが言う。
「自分で走って来たよ、このお嬢さんは。海賊船に自ら乗り込むなんて、あっちの船に密航したのがばれて逃げ込んだってところだろう」
あ、見抜かれてる。
あたしは思わずあはは、と笑ってごまかした。いつまでも黙っているわけにも行かない。あたしは覚悟を決めて口を開いた。
「あたしはミリザ=ティポットって言います。わけあってあの船に乗り合わせてたんですけど、まあ、その仰る通りの成り行きで、こちらの船に乗せて頂く形になってしまったんですね」
「そうか、それは大変だったね。急に襲撃してごめんな。びっくりしただろう?」
エセルさんがよしよし、とあたしを甘やかすように頭を撫でる。そんな光景を、美少年が嫌なものでも見たような顔つきで睨んでた。
ディオンさんも更に顔をしかめた。
「お前の名前も事情もどうでもいい。女は船に乗せん。風紀が乱れると海の上では命取りだ」
「かったいこと言うなって。もう乗っちゃったんだから、どっかで降ろしてやればいいだけだろ?」
エセルさんだけがあたしの味方をしてくれる。海に放り込まれないためにはエセルさんを頼るのがいいのかな?
すると、ディオンさんはエセルさんの言葉を鼻で笑い飛ばした。
「降ろすまでの間、お前の部屋に置いとくのか?」
「ま、もちろん独り占めはしないよ」
にこ、とエセルさんはきれいに笑った。けど、言ってる内容がえげつなくない?
あたしは頭から血の気が引くような思いだった。そんなあたしに、ディオンさんは冷ややかな目を向けた。
「おい、聞こえただろ? お前、乗船賃は体で払うことになるぞ。海に飛び込んだ方がマシか? どっちか選べ」
…………。
この人たち、見目が少しくらいよくてもやっぱり海賊だった。施しも優しさもなんにもない。
そんなの、期待しちゃいけないんだ。あたしは身ひとつでここにいる。今、あたしにできることは何?
あたしはエセルさんの手を払い除けて海賊たちの前に足を踏み鳴らして立つと、精一杯胸を張ってディオンさんを睨む。そうして、恐ろしさや悲しさを覚られないように、堂々と言い放つ。
「じゃあ、体で払います。その代わり、絶対にちゃんと陸地に降ろして下さいね!!」