①留守番宣告
Ⅲ(全21話)になります。
あたし、ミリザ=ティポットが偶然乗り合わせることになった海賊船の本拠地――このルースター王国のパハバロス島へやって来てひと月が過ぎた頃、この島の領主様の息子ディオン=フォーマルハウトは言った。
「近々、王都へ行く」
「え?」
何気ない食事の席でそう切り出したから、あたしはきょとんとしてディオンを見た。よく日に焼けた肌に銅色をした髪。海みたいな青さをした、どこか野生的な瞳。今は身分に見合った品のいい格好をしているけど、ディオンは王の許可を得て掠奪を働く海賊船の親玉だ。
だから、貴族って言ってもお上品なだけじゃなかったりする。
でも、あたしはただの家出娘。卑下するわけじゃないけど、身分も何にもない、下の下の人間。貴族の館で一緒に食事をするほど偉くなんてない。なのに貴族令息のディオンと同じテーブルで食事をしているのは、ディオンがそれでいいって言ってくれたから。
あたしの他にはゼノンがいる。ゼノン=アークトゥルス。ディオンのお抱え砲撃手兼、狙撃手。要するに、銃や大砲のエキスパート。そうは思えないくらいに穏やかで好青年なんだけどね。あたしにも拳銃の扱いを教えてくれてる。
そんな二人と食事をするあたしのテーブルマナーは、正直あまりいいとは言えない。ディオンやゼノンはこうした場では慣れた手つきできれいに食べる。見習おうと思うんだけど、そう簡単じゃない。でも、ちょっとずつ改善して行けたらということで、以前よりは随分マシになったって自分でも思う。
豪華すぎない、どちらかといえば慎ましやかな装飾の部屋で、三人きりでの食事。気楽に食べればいいってゼノンも言うんだけどね。
「王都って、買出し?」
あたしがそう訊ねると、すでに食べ終わったディオンはあたしに小馬鹿にしたような視線を向けた。
「のん気なヤツだな。オレたちは私掠船として活動しているって言っただろう? そろそろ陛下に戦利品の献上に行かないといけないってことだ」
うわ。
陛下とかあたしとは別世界の存在。ピンと来ないな。
「もしかして、ディオンって女王陛下とお会いしたことあるの?」
「当たり前だ」
可愛くない返答。
でも、女王様だよ? 雲の上の存在だよ?
会ったことあるだけでもすごい。あたしは自国アレクトールの王様の顔を拝んだ覚えもない。やっぱり、こういうところが貴族なんだな。
あたしとディオンのやり取りを、ゼノンはどこかヒヤヒヤした様子で見ていた。そこであたしは察した。
「もしかして、あたしに留守番だとか言うつもり?」
すると、ディオンは片眉を跳ね上げた。
「正解だ。少しは賢くなったじゃないか」
失礼な! いやそこはこの際どうでもいい。
「なんで留守番よ!? 行くに決まってるじゃない」
島の近海で取れた白身の魚のソテー。ソースにバターの風味がしてよく合う――をあたしは頬張った。そんなあたしとディオンをゼノンは更にハラハラと見守っている。
「勝手に決めるな。なんでお前を連れて行かなきゃならない? 百害あって一利なしだ」
い、一利くらいはあるでしょうよ。
「ディオンもゼノンも行っちゃうんでしょ? その間、あたしは何してたらいいわけ?」
あたしはディオンからエピストレ語っていう言語を習っている最中。エピストレ語は、パルウゥスっていう小人族の言語なんだけどね、パルウゥスは有力な船の漕ぎ手だから、エピストレ語は船乗りならのどから手が出るほどに欲しい知識。でもあたしは、パルウゥスたちと普通に会話がしたいだけ。この知識でどうこうしようってわけじゃない。
「予習復習。腐るほど宿題を出しておいてやる」
そう来たか……。
あたしの顔が引きつったせいか、ディオンは勝ち誇ったように言った。
「お前にエピストレ語を教える条件として、オレの許可なく島から出さないって言っただろう?」
ぐ。
駄目だこのままじゃ。到底連れて行ってもらえない。
ちゃんと考えなきゃ。
だって、ルースターの王都だよ?
あたしそんなところ行ったことないもん。興味ないわけないじゃない。
こんな機会は逃したくないんだってば。どうしたもんかなぁ?
ぐるぐると色々な案が頭の中を駆け巡る。そうして浮かんだひとつの作戦は、多分とても有効に思えた。
よし、大丈夫。焦っちゃいけない。
「じゃあ、ディオンが連れて行ってくれる気になるのを待つね」
あたしはにこりと笑ってみせた。ディオンにとっては不気味だったかも知れないけど。
「そんな気にはならない。お前は留守番だ」
そう言い張るディオンだけど、さあどうなることやら。
あたしはその後、美味しく食事を頂いた。
さあ、明日にでもちょっと仕込みをして来よう。




