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夢と希望と海賊船  作者: 五十鈴 りく
Ⅱ・先生と師匠と島探検
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⑱長い一日

 ちょっと日が傾いて来た。夕焼けの色が窓辺から漏れる建物の中に入ると、ちょっと独特のにおいがした。火薬の香ばしいにおいとはちょっと違う、色んなものが入り混じったにおい。


 お手伝いの少年はムトっていうんだ。ムトはバースさんの一番末の息子なんだって。ファーガスさんの孫ってこと。

 ムトは踏み台を使って、かなり大きい寸胴鍋みたいなところに硝草をザラリと入れた。そうしているうちに、バースさんがその近くに別のザルを置く。そうしてあたしに丁寧に説明してくれた。


「これは粉砕機だ。このハンドルを回すと、細かく砕かれた硝草がこっちの口から出て来る。砕き終えたら水に漬けてから煮詰める。そこに漆喰と木灰を混ぜて更に煮詰める。木灰はコナラ、クヌギ、ケヤキ――堅材に限る」


 ふむふむ。

 バースさんは重たそうなハンドルを筋肉質な腕で回した。ギチギチ、とちょっと錆びついたような音がして、粉砕機が動き始める。ふわりと青臭いにおいが漂った。ムトはバースさんの手が止まらないようにせっせと硝草を注ぎ足し続ける。バースさんは粉砕機を動かしながら、ぐちゃぐちゃになった硝草を食い入るように見ていたあたしに更に説明してくれた。


「この工場は粉砕の工程ための場所だ。凝縮の次の工程はろ過だが、別の小屋にろ過機がセットしてあるからここでは行わない」

「わー、そうなんですか?」


 言われてみると、ここは狭くて粉砕機しか見当たらない。火薬って作るの大変なんだね。うん、大事に使おう。

 バースさんはそれからもギチギチとハンドルを回し続けた。盛り上がった筋肉が汗ばんで、夕陽を受けててらてらと光ってる。

 大変そうだなぁ。あれって多分すごく力が要る。あたしが手伝いたくても邪魔になるだけだ。

 ディオンたちは専門外のことに手も口も出すつもりはないみたい。無言で見守っている。そんな中、エセルが大あくびをした。


「疲れたし、そろそろ帰ろう?」


 ようするに、退屈なんだ。エセルにとっては面白くもなんともないだろうし。


「帰っていいよ」


 あたしがあっさりと言うと、エセルはわざとらしく傷ついたフリをした。


「ミリザって、好きな人には素直になれないタイプ?」

「ううん、全然」


 にっこり笑顔で答えた。


「案外冷たい……。でも、そういうところもいいかも」


 と手を伸ばして来たので、あたしはその手をすかさず叩き落としてバースさんたちの作業に見入った。

 ――とは言っても、特に変化はない。ギチギチ音がする。量が多いからね、なかなか次の工程に行けないんだよね。


 バースさんは立ってると疲れるから、座って待ってるといいって言ってくれた。その言葉に甘えて壁際に座り込む。右にゼノン、左にエセルが座った。ディオンはゼノンの隣。

 それから、バースさんはほぼ無言だった。せっせとハンドルを回し続ける。

 あたしたちも無言でその光景を見ていた。


 今日は色んなことがあった一日だった。

 森林を抜けたり、断崖を下りたり、硝草の生えた洞穴に行ったり。ヴェガスにはほんとに驚かされたな。

 目まぐるしいくらいの一日。同じ日は二度とない。家で過ごしていた時みたいに、毎日は繰り返しだとは思えないような日だった。怖くて寿命が縮むような思いもした。


 でも、ここへ来てよかった。そう思える充実した日。疲れもしたけど、楽しかった。

 ギチギチ、とハンドルが鳴り続ける。変化のない一定のリズムは、座り込んだあたしにはすでに子守唄のようだった。落ちて来るまぶたに必死で抵抗する。


 抵抗はしたんだけどね、その努力は虚しく終わってしまった。あたしはいつの間にか睡魔に負けて、膝に腕を乗せる形で座っていたゼノンの方へもたれかかっていた。


「ミリザ? ……やっぱり疲れてたんだね」


 優しい声がした。意識したわけじゃないのに、エセルの方じゃなくてゼノンの方にもたれかかってるのは、あたしの潜在的な何かが出たのかも。そっちには倒れ込むな、と。


「自分から言い出したくせに寝るか? まったく、こいつには振り回されてばっかりだな」


 呆れたようなディオンの声がした。でも、眠たすぎて言い返せない。


「まあ、若、そう仰らずに。興味があるようならいつでも来てほしいと伝えて下さい」


 バースさんがそんな親切なことを言ってくれた。


「とりあえず戻ろうか。ちゃんと休ませてあげよう」

「じゃあ、僕が負ぶって帰るよ」

「エセルは却下」

「えー」


 その後で、あたしは誰かの背中に押しつけられ、その後でふわりと体が浮く感覚を味わった。広くて安心感のある背中だった。だから、あたしはその背中に揺られて更に気持ちよく寝入ったのでした。



 なんだろう、ここへ来て大変だし危険なこともたくさん。でも――。

 すごく生きてることを実感する。大きな機械のちっぽけな歯車みたいだった自分が、自分の意志で先を決めて生きてる。大変でも、苦労しても、それでも楽しい。


 勝手だけど、それが本音。今しかない一瞬を、あたしは自分のために生きる。

 いいよね、お母さん……?


     【 Ⅱ・先生と師匠と島探検 ―了― 】   


 以上でⅡは終了です。

 お付き合い頂きありがとうございました☆

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