⑰加工場
領主館の入り口で、ディオン、ゼノン、エセルの三人はそれぞれがひとつずつ硝草の入った麻袋を抱えた。
「重っ!」
エセルがぼやいてる。
「手伝おうか?」
あたしが手を出すと、さすがにそれは嫌だったみたい。さりげなくかわされた。
「平気だよ。でも、後で労わってくれると嬉しいな」
「あー、うん」
適当に返事した。ご褒美は頭なでなででいいかな?
「この硝草を加工してくれるところへ持って行くんでしょ? どの辺り?」
あたしがそう訊ねると、ディオンは歩き出しながら答えた。
「すぐそこの海岸沿いの建物だ」
「職人はファーガスの次男なんだよ」
ゼノンがにこりと笑って教えてくれた。
「え! ほんと? わぁ、会うの楽しみ!」
「長男はお医者さんなんだ。ファーガスが船に乗ると、島に残された医者は一人だから、いつも忙しくしてるよ」
って、エセルも言う。あたしはそんな話を聞きながら袋を抱えた三人の後に続いた。
本当に、すぐそこだった。歩いて五分くらいかな。荷台を用意するのも面倒なくらいだから抱えて来たんだね。
そこは住まいではないみたいで、小さな小屋だった。でも、頑丈そうな石造りの建物。
ディオンはその扉をドンドン、と叩いた。
「バース、オレだ。硝草を持って来た」
すると、すぐに返答があった。
「ああ、若、お疲れ様でした」
渋い声。若って、ディオンのこと? プ……あ、睨まれた。
カチャリと扉が開く。中から出て来たのは、ごつい中年の男の人だった。
ファーガスさんの息子だもん、年齢的にそれくらいだよね。がっしり筋肉質でよく日に焼けてる。頭にバンダナを巻いて、その下の太い眉が柔らかく動いた。ああ、眉毛の感じがファーガスさんによく似てる。
「ああ、これは大量ですね。ではさっそく!」
あたしは思い切って、硝草にしか目が行っていないファーガスさんの次男、バースさんに声をかけた。
「こんにちは!」
そこでバースさんは初めてあたしに気づいてくれたみたい。
「え、ああ、こんにちは。あれ? 嬢ちゃんは……」
チラッとディオンを見遣る。ディオンは無反応だったからあたしが先に口を開いた。
「ミリザ=ティポットです。初めまして。お父さんのファーガスさんにはお世話になってます」
ぺこりと頭を下げると、バースさんはああ、と声を漏らした。
「嬢ちゃんが、あの? なんだ、思ってたより普通の女の子だなぁ」
『あの』って何? そして、どんなこと思ってたんですか?
そんなあたしの疑問が顔に出てたのか、バースさんはガハハと笑った。
「うちの親父が色んな意味ですごい娘だなんて言うから、な」
「はぁ……」
色んな意味ですか、ファーガスさん……。
「まあ、あれだ、よろしく頼むよ」
「はい、こちらこそ」
あたしは差し出された大きな手を両手で握り返した。うん、バースさん、いい人だ。
中からお手伝いの少年が出て来て、硝草をすごく大きなザルに移し始めた。そんな様子をあたしは興味深々で眺めた。隣にしゃがみ込むと、少年に訊ねる。
「ねえ、ここからこの草はどうなるの?」
少年は十歳くらいかな。量の多い黒髪をひとつにまとめてくくってる。その子はちょっと恥ずかしそうに言った。
「細かく砕いてから漆喰と木灰を混ぜてよく干すんだ」
「干すの? へぇ、なんか意外」
自分が採って来ただけに、どう加工されるのかが気になる。だから試しに言ってみた。
「バースさん、ちょっとだけ作業を見せてもらってもいいですか?」
すると、バースさんは苦笑した。
「女の子が見て楽しい工程は特にないぞ」
「そんなのいいんです。ただ見てみたいだけだから」
ディオンさんはあからさまに嫌な顔をした。
「いい加減にしろ。戻るぞ」
あたしはそんなディオンに面と向かって言った。
「ちょっとだけでいいから見たいの」
「お前はどこまでも機密に首を突っ込む。いい加減にしろ」
「ただの好奇心じゃない。製法を盗んで売るわけじゃないのに。ディオンのケチ」
イラッとした様子のディオンに、あたしは謝るどころか更にドケチと言い捨てた。
「お前……」
怒った? あたしよりもバースさんたちが慌ててる。ゼノンも心配そう。エセルは面白がってるけど。
「勝手にしろ」
そう吐き捨てたディオンに、あたしは両手をあげて喜んだけど……。
「その代わり、宿題は減らさないからな」
「う……わかってるってば」
エピストレ語の予習復習。
はい、わかってますとも!
バースさんは心底感心したようにつぶやいた。
「若にこんな態度を取る女の子がいるなんてなぁ。いや、確かに色んな意味ですごいな」
え、と、それほどでも?
って、別に褒められてないよね、多分……。