⑨出かけよう
そうして、硝草採りに行く日がやって来た。
マルロにもらった服をちょっとだけ手直ししたたものを着込む。上には白の長袖のシャツ。袖口と襟にフリルがある。下は、カーキーのパンツに膝丈の編み上げブーツ。言われた通りにパンツの上から太ももにホルスターを装着して拳銃を収める。腰のポシェットには予備の弾薬と折り畳みナイフを入れた。
長い髪をバンダナでひとまとめにし、準備完了!
で、朝になってやっと、あたしは領主館の前に終結した採取メンバーを初めて把握した。ディオン、ゼノン、エセル、そして――。
「ヴェガス、スタヒス!」
数日振りだけど、長く会っていないような気になった。小人族パルウゥスのまとめ役ヴェガスと、その補佐っぽいスタヒス。子供みたいな背丈だけど、体つきはがっしりとしていて、笑顔は柔和だ。知的な面持ちのヴェガスと、親しみやすいスタヒス。パルウゥスのみんなともっと話したいから、あたしはディオンにエピストレ語を習うことにしたんだ。
「Πώς είσαι αγαπητέ?」(元気だった?)
あたしはほんの少しだけ増えた言葉で二人に話しかけた。二人は嬉しそうに答える。
「Φυσικά.Τι γίνεται με τη μελέτη?」(もちろん。勉強はどうだい?)
えっと、飛び飛びでしかわかんなかったけど、『勉強』って言った。勉強ははかどってるかっていいたいのかも。
「Μόνο μια μικρή」(少しだけ)
そんなあたしたちのやり取りを、ディオンとゼノン、エセルの三人は黙って聞いている。ヴェガスはニコニコと笑いながら更に言った。
「Είσαι φίλος μας.Και οι άνδρες του νησιού,Με τη δημιουργία ενός παιδιού Παρακαλούμε εδώ για να μείνει για πάντα」(君は私たちの友人だ。島の男性と子を成し、ずっとここにいてほしい)
「……」
あたしは笑顔で固まってしまった。
ヴェガス、さすがにそんな長文は無理だよ?
ごめん、さっぱりわかんなかった……。
あたしはディオンを振り返って助けを求めた。
「ねえ、今のなんて言ったの?」
すると、ディオンは何かすごく嫌な顔をした。そんなこともわからないのかとでも言いたいのかな?
な、習ってないよね、そこまで。
ディオンは渋々、吐き捨てるようにして言った。
「お前は自分たちの友達だ。……だから、夜は腹出して寝るなよって」
前半はわかるんだけど、嬉しいんだけど、何その後半。ほんとにそんなこと言った?
あたしが唖然としてると、エセルがツボに入ったのかゲラゲラ笑ってた。
ディオンの顔に同じことは二度言わないと書いてあるので、あたしは仕方なくつぶやいた。
「Είμαστε συνειδητή」(気をつけるよ)
笑顔のヴェガスの隣で、スタヒスが首をかしげた。
☠
硝草、つまり、火薬の原料になる植物が生える環境って、案外難しいんだって。硝酸って呼ばれる成分が必要なんだけど、それが含まれる草が採れなければ、硝石っていう石なんかからも集めるらしい。硝草の方が質はいいらしいけど。これを精製して作るんだって。
大砲や銃には欠かせない火薬。それを独自に手に入れることができる。これもすごく大事だよね。
ディオンは正確にどこ、と教えてくれるでもなく歩き始めた。背中にリュックを背負ってる。あそこには何が詰まってるのかな?
ゼノンは小銃を担いでる。エセルとヴェガスとスタヒスは手ぶら。荷物が増える帰りのために余計なものは持って来なかったのかな?
それにしても、船を漕ぐわけでもないのになんでヴェガスたちがいるのかな? 一緒だと嬉しいからまあいいか。
うきうきとしていたあたしに、ディオンはぼそりと言った。
「お前、本気でマルロのところに行ったんだな。あいつ、自分も連れてけって直談判に来たぞ」
「あ、ほんと? 断っちゃったの?」
「当たり前だ。これ以上荷物増やせるか」
素っ気なく言われた。
荷物って、あたし? まさかね。違うよね?
「でも、がんばりを認めたら今度は連れて行ってあげなきゃ。まだ早いって思うなら無理にとは言わないけど」
今回はあたしががんばったんだもん。譲ってあげないよ。
ディオンは小高い丘の上に上がって行っている気がした。みんなの家や店、港があるような場所にしかあたしは行ったことがなかったけど、こうした自然の豊かな場所はまるで未開の地だ。鬱蒼と草木が茂る。
途中、深い草むらを抜けなきゃいけなかった。あたしの腰くらいまでの長さの草がびっしり。下の方がじっとりしてて、なんか嫌。草むらだからか、小さな虫がうっとうしい。
でも、あたしよりも背の低いヴェガスたちの方が大変。心配して振り向くと、ヴェガスはなんでもないことのように笑っていた。
「大丈夫? 負ぶってあげようか?」
なんてことをエセルがニヤニヤと言う。あたしもすかさず言った。
「うん、じゃあヴェガスとスタヒスをお願い」
「そっち!?」
すると、ディオンがククク、と小さく笑った。
「小柄に見えてパルウゥスはオレたちとそう変わらない重さだからな」
「そうなの?」
確かに、人間の何倍もの膂力があるんだし、骨格もがっちりしてるし、そんなものなのかな。
あたしも我慢してその先を進んだ。




