⑤シャルルドミルス
ディオンがあたしをすっごい怖い顔で睨む。でも、そんな顔したって駄目。
約束は約束だもん。
「大したもんだね」
ゼノンもびっくりしてた。えへへ。
でも、ディオンはまだ認めたくないみたい。
「まぐれだろ」
「まぐれでも当たったんだからね。人の上に立つなら、約束は大事でしょ?」
あたしが言うと、エセルがクスクスと笑った。
「当てたら硝草採取に連れて行くって約束したんだろ? なあ船長」
ほんとに、すっごく嫌なんだと思う。心底嫌そうな顔のまま、ディオンはひっくい声で言った。
「その代わり、オレたちの足は引っ張るな。邪魔だと思ったら捨てて行くからな」
「はいはい」
機嫌損ねちゃった。
ディオンはそのままさっさと行ってしまった。エセルがやれやれといった風に肩をすくめてる。遠ざかるディオンの背中を目で追いながらゼノンが言った。
「ミリザ、銃を持つならそれなりの練習は必要だ。俺が見るから、出発までの期間に少しでも練習しよう」
その申し出に、あたしはパッと顔を輝かせた。
やった! いつかはゼノンみたいな腕前になれるかな?
「はい、師匠!」
思わずそう呼ぶと、ゼノンは笑った。エセルがちょっと面白くなさげだった。
「ディオンがエピストレ語の先生で、ゼノンが拳銃の師匠? じゃあ、僕は何を教えたらいい?」
その先が予測できるだけに、あたしは冷たくあしらう。
「何も」
「ええと、じゃあベッドで――」
「何もって言ってるでしょ!!」
いや、でも成功したのは半分くらいはこういうエセルのおかげかも。うん、残念ながら。
「ま、いいや。ねえ、ゼノン師匠、借りるのこの銃でもいい?」
薔薇の紋様の入った小振りな拳銃。あたしが扱うには丁度いい。
ゼノンは師匠はやめてくれと苦笑する。
「それはね、ローザ・ファイアアームズ社のシャルルドミルスって拳銃だよ。護身目的に造られた拳銃で、女性の間で人気が高かったんだけど、次第に美術品としてしか扱われなくなって製造が中止されたっていう――」
なんかゼノン嬉しそうに語ってる。銃マニアだ。だからあんなに使えるのかな?
「そんなに大事な銃なら駄目? 他にあたしが扱えそうなのある?」
ぽつりと言うと、ゼノンはそっと笑った。
「いや、それを使えばいいよ。ミリザにはそれが似合ってる」
「ほんと? ありがと!!」
ゼノンがキラキラと輝いて見えた。
やっぱりゼノンは優しい。銃の腕前もすごいし、爽やかだし――って、危ない危ない、天然タラシの雰囲気に飲まれてたあたし。
「ミリザにはエピストレ語の勉強もあるし、銃はその合間に練習だな」
「うん、よろしく」
あたしは手にした拳銃――シャルルドミルスを胸に抱く。
名前長いな。シャルって命名しよう。今後のあたしの相棒。
「そうだな、まずはミリザ用に弾薬一梱を申請しよう。ここはディオンが許可してくれるはずだから大丈夫。それから、その銃を収めるホルスターを用意しないとな」
ホルスター、まあ銃の鞘みたいなものだよね。
あたしとゼノンはとりあえずお屋敷に戻った。ゼノンの部屋に向かう。エセルは呼んでないのについて来る。
ゼノンは自室で収納箱の中をガサガサと探っている。そこから取り出したベルトつきのホルスターを見て軽く首をかしげた。
「俺のショルダーホルスターではミリザの体には合わないな」
「ちょっとくらい大きくても大丈夫。勝手に手直ししていいなら調節するから」
「うん、でもちょっと待って。他にもあるから」
エセルは退屈そうにあたしたちのやり取りを壁際で聞いていた。すると、ディオンがやって来た。
やっぱり顔が怖い。でも、手には小さな包みがあった。それをゼノンに向けて放る。
「お、さっすがディオン」
ゼノンはその包みを受け取った。
「何それ?」
「弾薬だよ。ミリザのね」
あら、なんて迅速な。
渋々でもなんでも、約束はやっぱり守ってくれるんだなぁ。あたしはにこりとディオンに笑顔を向けた。
「ありがと」
ディオンはフン、とそっぽを向く。ゼノンは弾薬の包みを横に置くと、もう一度ホルスターを探した。ごそごそと探って、取り出す。それは皮でできたホルスターで、どこにつけるのかあたしにはよくわからなかった。ゼノンはう~んってうなってる。
「アームホルスターだな。でも、ミリザの腕にはやっぱり合わない」
二の腕の辺りにつけるのかな? そりゃあ、ゼノンとあたしの腕の太さが同じなわけないからね。
でも、あれって……。あたしは閃いた。ゼノンからそのホルスターを借りて触ってみる。
「腕に合わないなら脚につければよくない?」
「ああ、サイホルスターにってこと? そうだな、太ももくらいに装着すると使いやすいかも」
なるほど、太ももね。
あたしはマリエラにまったく似合わないと言われたパッチワーク調のロングスカートをばさりと上げ、脚を突き出して太ももにホルスターを固定してみる。
「うん、大丈夫そう。これでいいよね?」
ゼノンにそう訊ねると、ゼノンは絶句していた。あれ?
ちらりと見遣ると、ディオンは呆れ顔で、エセルはヒュゥと口笛を吹いた。特にエセルの視線はあたしのむき出しの太ももに集中している。おっと、危ない、エセルがいるの忘れてた。
スカートはもとに戻して精一杯おしとやかにえへっ笑ってみたけど、もう駄目か。ディオンはため息を深く長くついた。
「……お前にはいろんな意味で常識が通用しない。そのことだけが今日はよくわかった」
え、ちょっと、それどういう意味?