④背水の陣
光を受けながら落下する空き缶。あたしは狙いをつけて引き金を引いた。
パァン、と甲高い銃声が鳴る。その瞬間に、あたしの腕は銃に持って行かれるみたいだった。銃を発砲した瞬間に、ものすごい反動がある。こんな小さな拳銃なのに?
ゼノンは涼しい顔してこれを全部押さえ込んでたってこと?
「っ!」
まったく構えてなくてひっくり返りそうになったあたしの体を、ゼノンがとっさに支えてくれた。
「大丈夫?」
「あ、ありがと」
苦笑して起き上がると、缶は草の上に転がっていた。当たった手ごたえはない。
ディオンはそんな無様なあたしの様子を眺めてニヤニヤ笑ってた。ムカ。
「まだ一発目じゃない!」
あたしはドクドクと激しく打つ鼓動を抑えるようにして言い放つ。
反動があるって知らなかっただけ。知ってればもっとちゃんと構えられる。
ゼノンがもう一度缶を拾って来てくれた。
そうして、二発目。耳が、ジンジンしておかしくなる。
反動が来ることがわかってたから、さっきよりも踏ん張れた。でも、腕がその反動を殺しきれずにぶれる。
跳ねた腕は、当たり前のように狙いを外してしまう。カラン、と缶が落ちる。ゼノンは無言でその缶を拾ってくれた。
三発目。
大きく深呼吸して心を落ち着ける。カシャン、と固い撃鉄を起こした。ゼノンが腕を振り上げる。缶が空高く舞った。強い日差しで影になった缶に狙いを定め、引き金を引く。
腕はさっきよりもぶれなくなったけど、それでも当たらない。これって、動かない的に当てるのも難しいんじゃないの? それを動く的に当てろなんて……。
三発消費した。後半分。
……落ち着いて。まだ半分残ってる。
四発目。
またしても、ゼノンが放り投げた缶は虚しく地面に落ちた。
ディオンは勝ち誇ったように笑ってた。
これが無理難題だって、意地悪だって騒ぐことは簡単だ。でも、あたしはできないなんて思いたくない。
よく考えて。思い出して。ゼノンの動きを。ゼノンはどこを見て撃ってた?
ゼノンがあたしに向けて何かを言った。それがアドバイスなのかなんなのか、上手く聞き取れなかった。耳がいかれてる。
五発目。
少し、手が震える。慣れない銃のせいで感じる疲労感と、不安。そう、これは不安だ。
これができなかったからって、あたしがこの島から追い出されることも、死んでしまうこともない。ちょっと馬鹿にされて、しばらく留守番させられるだけのこと。
大したことじゃないって、二人は思ってる。もしかするとそうなのかも知れない。
銃弾は宙を切り、銃口からは細く煙が上がっている。火薬特有のにおいが鼻を突く。
これで、後一発。次が最後だ。
できなくて当たり前。みんなきっとそう言う。
でも、あたしにとってはそんな単純な問題じゃない。
自分でやろうと思ってできなかったこと。こうしたことの積み重ねが、あたしは何より怖い。
がんばればできるはずって思わなきゃ、あたしは走り続けられない。
できないことがあるなんて、認めちゃいけない。でも、むしろディオンは、あたしにそれを認めさせたかったんじゃないかな。あたしにできることはそう多くはないんだって。
だからこれは、あたし自身とディオンの勝負なんだ。
後がない。じゃあ、どうする?
絶対に外さないためには自分を追い込むしかない。
もし外したら、あたしはあたしに罰を与えよう。それが嫌なら、当てるしかない。
あたしは目を閉じて考えた。
一番嫌なことは家に帰ること。……家っていっても、そのまま娼館送りだけど。でも、ディオンの許可なく島を出ることはできない。だから、この島でできることで一番嫌なことは?
えっと、断食? 腕立て三百回? ――まだ甘いな。もっと嫌なことにしなくちゃ。
そんな時、その張り詰めた空気の中、ひどく場違いな人が来た。エセルがヘラヘラと笑いながら何か言ってる。ディオンにしなだれかかるけど、ディオンは素っ気なくそれを払った。あの顔を見た瞬間、あたしは決めた。
よし、もし外したら今晩エセルの家に泊まる。
あたしはブルリと身震いし、ゼノンの手の中の缶をキッと睨みつけた。そうして、ゼノンにうなずく。ゼノンはあたしを心配するような優しい目をしながら最後のひと振りで缶を高らかに放り投げた。
落ち着いて、五回の失敗からあたしが学んだことをこの一発に込めるんだ。
あたしは焦って引き金を早く引きすぎてたんじゃないかな。落下速度をちゃんと見極めて。
大丈夫、ど真ん中に当てようなんて思わない。端っこでいい。
あたしが今、この場所に立っていることだって、あたしを含めた誰にも予測がつかなかった現実だ。だったら、あたしが不可能だって判断されたことをやってのけたって不思議じゃない。現実は、誰にも予測がつかないんだから。
奇跡なんて馬鹿なこと言わない。
あたしの信念が、願いを通す。それだけのことなんだ。
ギィン、と先の五発とは違った音が鳴った。ゼノンが撃つような鮮やかさはない。でも――。
あたしはまだ煙の上がっている空の銃口をディオンに向け、腰に手を当てながら高らかに言った。
「約束は守ってね」
不敵に笑ったあたしとは対照的に、ディオンは呆然と立ち尽くしてた。
ハハハ、ざまーみろ。