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夢と希望と海賊船  作者: 五十鈴 りく
Ⅱ・先生と師匠と島探検

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②授業中

 そうしてあたしが連れて行かれたのはディオンの部屋だ。壁には大きな世界地図が貼ってあって、その他はごちゃっとしてる。色んなものがほったらかしだ。全然貴族令息の部屋っぽくない。こういうところはやっぱり海賊のお頭なのかも。ディオンにとっての自分の部屋は船室で、ここは物置程度に思ってるのかな。たくさんのものが置き去りって印象。

 お父さんの領主様に会う時はちゃんとした身なりだけど、それ以外はあんまり構わない。この部屋も見せるわけじゃないからって、そういうことなんだろうね。


 ディオンは机の上に乗ってた走り書きのある紙をざらりと床に落とした。ちょっと横に寄せればいいだけなのに、そうして部屋が汚れて行く。


「ここに座れ」


 と、ディオンはあたしに言った。言われた通り、あたしは机とおそろいの椅子に座る。こういう調度品も本当はいいものなのに、扱いが雑だから傷だらけだよ。ディオンはそんなことに頓着しないんだろうけど。

 あたしの向かいに座ると、ディオンはあたしの前に紙束を置いた。

 そうして、エピストレ語の授業が始まる。


「――だから、この場合、ここが動詞になる」


 角ばった文字の下にディオンは力強く線を引いて説明してくれる。


「これを応用すると、この場合はどうなる? 言ってみろ」


 ディオンはこうやって急に振って来る。だからあたしは常に頭をフル回転させてなきゃいけない。


「ええと、……Πήγα για να παίξει στη θάλασσα」(私は海に遊びに行きました)


 だよね? 発音はともかく、合ってるよね? 

 ドキドキと答えたあたしに、ディオンの仏頂面が崩れた。


「よし」


 ニッとどこかシニカルな笑顔。でも、ディオンはあたしがディオンの納得の行く答えを出せた時にだけ笑ってくれる。船に無断で乗った時の怖さから思うと、これでもすごい進歩だと思う。

 あたしはふぅ、と安堵からため息をついた。あたしの頭では教えてもらったことを忘れないことでいっぱいいっぱい。


「あたしもディオンみたいに頭がよくなりたいな」


 思わずそんなことを言うと、ディオンは顔をしかめた。


「なんだそれは」

「だって、エピストレ語をマスターしてるのディオンくらいじゃない。頭いいんだと思うけど」

「頭の良し悪しじゃない。環境だ。大体、俺なんかよりよっぽど頭のいいヤツがいるしな」


 ディオンより頭のいいヤツ? 誰だろ? エセルじゃなさそうとかひどいことを思ってしまった。ファーガスさんなら納得だけど。まあ、ファーガスさんに関しては年の功かな。


「天才なんかと張り合っても仕方ないし、上を見ても下を見てもキリがないからな。自分のできることをやればそれでいい」


 そうだね。


「はい、先生」


 あたしが笑って素直に答えると、ディオンさんはフンと軽く笑った。そんな時、扉をノックする音がした。


「ディオン、俺だ」


 あ、ゼノンだ。ゼノン=アークトゥルス。

 ゼノンは孤児で、親を亡くしてから領主様に引き取ってもらったらしい。だからこの領主館に住んでる。ディオンが一番信頼する友達で砲撃手。


「入れ」


 短く言ったディオンの声に扉が開く。そうしてそこにいたのは、明るい色の猫毛をした、海賊とは思えないような柔和な顔立ちの男性。ゼノンは見るからに好青年なんだよね。ただ、もう一人いた……。


「やあ、ミリザ。こんな密室で男と二人っきりなんてイケナイよ?」


 あたしとディオンがそろって面倒くさそうな顔になった。

 エセル。エセルバート=レグルス。

 紫がかった長髪をひとつにまとめた細身の姿。ディオンやゼノンの幼なじみなんだって。根は悪い人じゃないんだけどね、面倒くさい。女好きでよくトラブル起こしてるし。そこに巻き込まれたくないあたしは笑顔でスルー。


「で、どうしたんだ、ゼノン?」


 ディオンも同様に話を変えた。ゼノンはああ、と口を開く。


「一応次の船旅に備えてメンテナンスはしたんだけどな、火薬庫の火薬の残量が少し心許ないんだ。撃たなくて済めば問題ないんだけど、いざという時にね」


 ディオンは唇に指の節を当てて考え込む。


「次の狩りで火薬が調達できればいいが、できなかった時のことを考えると別に用意しておいた方が無難だな」

「だろうね」


 と、エセルもうなずく。


「じゃあ、硝草の調達に出るか」


 ゼノンの言葉に、あたしはぽかんと口を開けていた。会話について行けないあたしに、ゼノンはにこりと笑って説明してくれた。


「えっと、硝草っていうのは、銃や大砲に必要な『黒色火薬』の原料になる草だよ。硝草は適した条件を満たせる場所じゃないと枯れてしまう。でも、この島にはね、それが採れる場所があるんだ」


 ほえ~とあたしは納得した。でも、ディオンは嫌な顔をする。


「おい、ゼノン、重要機密をあまり気安く喋るな」

「いいじゃないか。ミリザはエピストレ語を習う代わり、ディオンの許可なく島から出ないって約束をしてる。つまり、すでに島の一員だ。今更だよ」


 エセルがにこやかにそう取り成してくれた。……裏、ないよね?


「硝草採取か……」


 どんななんだろ。好奇心が刺激される。

 今の環境でできる限りのことはしてみたい。知って、感じて、あたしは自分の狭かった世界を広げたい。

 あたしはちらりとディオンを見た。


「いつ行くの?」

「準備をして、明後日くらいだ。先に言うが、連れて行かないからな」


 ぐ。先回りされた。


「あたし留守番? やだそんなの!」

「ミリザが行かないなら僕も行かない」


 エセルが真顔で言った。


「お前は来い!」

「じゃあ、ミリザも連れて行ってあげなよ」


 今日ばかりはエセルに感謝した。

 でも、ディオンさんはため息を深くついた。


「それなりに危険だ。自分の身も守れないようなヤツ、足手まといでしかない」


 ……。

 それ言われちゃうとね。反論もできない。

 

火薬は『硝石』以外だとサクなどの植物から作ったという記述もあるのですが、この『硝草』は創作上の産物です。硝石の作り方が……なもので、せっかくのファンタジーだし、いっそまるっきり変えてしまえ、と。

硝石を得るためならどこへでも立ち入りが許された硝石採取人なんて役職があったくらいで、それはそれで面白いのですが、今回はちょっと回避(笑)

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