⑳条件
「貴族のおぼっちゃんが海賊なんて?」
あたしが思わず言うと、ディオンさんは盛大に顔をしかめた。ああ、やっぱりその怖い顔が海賊っぽい。
「その言い方やめろ」
「あ、スイマセン」
ソファーの背もたれに体を預け、ゼノンさんがあたしに理解できるように説明してくれた。
「領主様は過去の航海で大怪我をされてね。それ以来、あまり起き上がることはできないんだ。そんな領主様に代わって私掠船――まあ国の許可があるかないかってだけで海賊船って言ってしまえばそれまでなんだけど、ディオンが船を取り仕切って狩りをしているんだ」
貴族なのに、じゃない。貴族だからこそ、次期領主だからこそ、ディオンさんは船を駆る。危険な海へ出て、戦う。
そういうことだ。
「私掠船としての免許も、成果があればこそだ。狩りの下手な猟犬に価値はないからな」
厳しい世界だな。
ディオンさんたちの船の強さの秘訣は、漕ぎ手パルウゥスとの意志の疎通による連携。
……そりゃあ、ディオンさんが大げさなこと言うはずだよね。この知識が他に漏れたら、ディオンさんたちが受けている私掠船としての免許を他の船に取られちゃうかも知れないんだもん。
「ディオンさん、重たいもの背負ってるんですね」
ぽつりと口からそんな言葉が漏れた。
でも、ディオンさんはあたしを小馬鹿にしたような目を向けるだけだった。
「背負わされたつもりはない」
ちゃんと自分の意志で島を守ろうとしてるんだ。あの反抗的なマルロが尊敬するくらいだもんね。
ディオンさんのこと、自由で気ままで羨ましいと思ったけど、違った。
今のあたしの方がよっぽど自由で無責任だね。
「そっか……」
少しの痛みとあたたかな気持ちがして、あたしはそっと微笑んだ。
すると、ディオンさんはソファーにどかりと座った。立ち上がっていたあたしももう一度座る。
そこでディオンさんは射るような視線であたしを見据えた。強い、獰猛な獣みたいに野生的な瞳だと思う。縫い留められたように動けないあたしに、ディオンさんは顔を近づけて凄んだ。
「お前がエピストレ語をマスターすることができたら、戦略も今まで以上に幅を広げられる。ただ、今までに覚えたヤツは誰もいない。そう簡単なことじゃないのはわかってるだろう?」
そう、昨日ひと晩で覚えられた言葉なんて日常会話のごくごく一部。それも丸暗記してるだけ。
文法も何もわかってない。簡単じゃないっていうのは最初からわかってたし、たったひと晩なんかで落胆も驕りもないよ。
「うん、がんばります」
笑って返すと、ディオンさんは体を引いた。
「言語の問題だけじゃなく、今までオレ以外とは距離を保っていたヴェガスたちがお前には気を許した。これがお前にエピストレ語を教える大きな要因だ」
ただ言葉がわかればいいってわけじゃない。ディオンはパルウゥスたちと信頼関係を築けって言うんだ。その点で、あたしは一歩リードしたからってこと?
視線を外さないあたしに、ディオンさんは更に厳しい言葉を投げかける。
「オレたちが私掠船として免許を受けているのは成果を上げているからだ。それと同じように、お前も自分の価値を見せろ。お前の存在を必要とさせてみろ。それが、お前がここで生きて行くための条件だ」
そう、自分の価値は自分の行いで決まる。
今更言われるまでもない。
「もちろんですよ。あたしは帰る場所もない人間ですから。できないなんて言いません」
「上等だ」
ニッとディオンさんは不敵に笑う。こっちこそ上等だ。
「ディオンさん――」
そう言いかけたあたしの言葉をディオンさんは遮る。
「さん、は要らない。敬語もやめろ」
「先生なのに?」
「そういう形式はいい。その代わり、本気でぶつかって来い」
ふぅん。いいって言うならお言葉に甘えよう。
「了解」
あたしも不敵に笑って返す。そんなやり取りをそばで聞いていたゼノンさんは苦笑した。
「じゃあ、俺のことも呼び捨てでいいよ。ミリザはこれで仲間だからね」
仲間。
海賊の?
なんだろう、まだピンと来ない。どこかに寄り添うことに慣れてないあたしには、まだ理解できない言葉。
でも、ほんの少し胸が熱くなるような、そんな気がした。
だから、
「うん、ありがとう」
そんな言葉が自然と出た。これからのあたしがどう生きるのか、それはここから始まるんだ。
【 Ⅰ・夢と希望と海賊船 ―了― 】
1章終了です。
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