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夢と希望と海賊船  作者: 五十鈴 りく
Ⅰ・夢と希望と海賊船

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⑲領主の息子

「そこ、段差が危ないから気をつけて」


 ゼノンさんは丁寧に教えてくれる。やっぱり紳士だ。


「ありがとうございます」


 そんなゼノンさんにエスコートされながら船から降りるあたしを、島の人たちは珍獣でも見るような目つきで見ていた。だよね? そうなるよね?

 視線の集中豪雨の中、あたしはそれでも笑顔を絶やさなかった。とりあえず、笑っておけばなんとかならないかな?


 特に若い女性の目つきが怖い。ゼノンさんのファンとかだったらどうしよう?

 あたしは身の安全のためにゼノンさんの手を離した。

 見回すと、すでにディオンさんはいなかった。お母さんと一緒に家に戻ったのかな?

 あたしがきょろきょろとしていたら、ゼノンさんが言った。


「ミリザ、こっちだ」

「あ、はい」


 どこにつれて行かれるのかな?

 それでもあたしは黙ってゼノンさんについて行った。


 パハバロス島は、遠目に見た通りの緑豊かな場所だった。本当に素朴で平和な空気。レンガと木の家々も質素だ。

 あたしは木漏れ日の下を歩きながら物珍しげに観察する。

 海賊のアジトがある島だもん。もっと治安が悪くて荒んだところなんじゃないかなって正直思ってた。


「のどかですね」


 思わず言うと、ゼノンさんは微笑んだ。


「ここはフォーマルハウト男爵が治める領地だ。島民は皆、男爵を慕っているからね。統率は取れているよ」


 男爵。つまり貴族様の領地ってこと? 貴族の領地に海賊?

 ルースターでは女王が略奪を指示することもあるみたいだし、そんなの珍しくないのかな?

 ただね、とゼノンさんは言った。


「この平穏を維持するためにはこの島の財力だけでは賄えない。女王陛下は俺たちの船が奪った積荷の取り分の三割を献上することで私掠の許可を下さっている。それとは別に自治を保つための税もあるし、島民の暮らしもある。言い訳かもしれないけど、そう楽なものじゃないんだよ」


 平和に見える島の暮らしの裏にはそんな事情がある。こんなご時勢だもん。苦しいのはどこも同じだね。


「ディオンは襲った船のすべての積荷は奪わない。すべてを奪われれば死に物狂いで追って来る。諦めがつくかどうかのギリギリのラインを見極めて動くんだ。だから、死傷者も少なくて済んでる。皆、そんなディオンの判断を疑ってはないんだ」


 ただの強欲な海賊じゃない。それがわかっただけでもあたしには大きな収穫だった。


「見えて来た。あそこだ」


 ゼノンさんの声に顔を上げたあたしは、少し考えて首をかしげた。


「あそこがなんですか?」


 白い壁のお屋敷。この島では豪邸の部類だと思うんだけど。


「領主館だよ」


 領主館。つまり、この島の領主である男爵がいるところ。……それが何か?

 首をかしげたあたしに、ゼノンさんはあっさりと言った。


「とりあえずは俺の部屋で待とうか」

「へ?」


 あそこ、ゼノンさんの家?

 ゼノンさんって、貴族……?

 あたしの困惑を読み取って、ゼノンさんは苦笑した。


「俺は孤児なんだけど、領主様が養って下さったんだ」


 海の上での危険な仕事をする島の男たち。一度海に出たら、帰って来られる保障はない。

 でも、親を亡くしたゼノンさんを引き取ってくれた領主様って、貴族だけど優しい方なんだろうな。この島の空気がそれを物語ってる気がした。



 屋敷の中は立派だけど真新しさはない。それこそ贅沢をしないで必要最低限のものを揃えたって印象。

 本当なら、金銀財宝で飾ることだってできるのに、真面目に女王に積荷を献納してるんだなぁ。

 使用人の人たちと気さくに挨拶を交わして、ゼノンさんはあたしを屋敷の奥の部屋に案内してくれた。途中、あたしのことは誰にも紹介しなかった。多分、順序があるんだろうな。


 ゼノンさんの部屋は――意外としか言えなかった。

 穏やかで爽やかなゼノンさんなのに、部屋の壁一面に銃がたくさんかけられている。

 あたしが入り口で唖然としていると、ゼノンさんは笑った。


「あれ? ミリザは俺がなんだか知らなかったの? 俺は砲撃手だよ」

「砲撃手!?」

「小銃で狙撃もするけど」


 敵や敵の船を撃ち落とすってこと?

 こんな虫も殺さない顔して……。いやいや、ゼノンさんなら無闇に撃つわけじゃないか。


「こんな部屋で悪いけど、そこにでも座ってて」


 簡素なオリーブグリーンのソファーにあたしは腰を下ろした。でも、火薬の匂いが落ち着かないなぁ。

 けど、壁に並んでいる銃は、見ようによっては綺麗だった。手入れがきちんとされていて艶やかに光ってる。お洒落に細工の入ったものもある。

 ぼうっとそれを眺めてると、ドアが乱暴にノックされた。なんとなく、相手が誰だかわかった。きっとディオンさんだ。


「開いてるよ」


 ゼノンさんがそう返すと、扉は勝手に開いた。やっぱりディオンさんだ。

 でも――。

 あたしはその見慣れない装いにびっくりした。


「どうしたんですか?」


 思わずそう言ってしまった。

 いつもはゆったりとしたシャツを無造作に羽織ってるくらいなのに、今はピシリと純白のシャツにベストを着込んでいる。細身のパンツに編み上げのブーツの紐だってちゃんと上までしっかりと止めてあった。そうしていると、気品がある。……海賊のくせに。

 ディオンさんはうっとうしそうに顔をしかめながら部屋に入り、扉を閉めた。


「父上におかしな格好でお会いするわけにも行かないからな。仕方ないだろ」


 どういうこと?

 あたしが口をあんぐり開けていると、ゼノンさんがクスクス笑いながら言った。


「ディオン=フォーマルハウト。これでも男爵令息なんだよ?」


 げ――。


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