㉟確かな絆
二人だけの旅もそろそろ終わり。
港町キノノスに到着した。船着場へ近づくにつれ、シー・ガル号の主マストの天辺が見えた。他の船と間違えたりなんかしない。あれは絶対にそうだ。
どうしようもなく心が躍る。
みんなに会いたい。きっとたくさん怒られるけど、それでも会いたい。
早足で船を目指すと、シー・ガル号の全貌が目に飛び込んだ。戦いで傷ついた箇所も直ってる。船大工のマルロのお父さんが直してくれたのかな。
甲板から真っ先にあたしたちを発見してくれたのはエセルだった。驚いた顔をして、後ろに向けて指示を飛ばす。すぐに跳ね橋が船着場へ下ろされた。
あたしがそれを上るよりも先にエセルが跳ね橋を走って渡って来た。
「ミリザ!!」
勢いよく抱きつかれた。痛いってば。これだけの力が出るなら、撃たれた怪我は心配要らないみたいだね。
そんなエセルをディオンがすぐにあたしから引き剥がした。今までだったら絶対にやらなかったよね、そういうこと。
エセルは目をスッと細める。
「ちょっとくらいいいだろ」
「よくない」
「嫉妬深いと嫌われるよ」
「お前な……」
そんな二人のやり取りが可笑しくて、あたしは笑ってしまった。そんなあたしをエセルは切なく眺める。
「すごく好きだったんだけどな。残念ながら、どうしても僕の手に負えないんだ、ミリザは」
ここで懲りたりしないで他のいい人を捜して、とかあたしが言えるわけないんだけど。
そうしていると、続いてゼノンとマルロ、ファーガスさんが降りて来た。
「おかえり、ミリザ」
ゼノンは穏やかに、それでいてどこか寂しそうにそう言ってくれた。
「ただいま、ゼノン」
すごく申し訳ない。
なんて思ってると、マルロがすごい剣幕で怒った。
「この馬鹿!!」
はい、スイマセン。
「ごめんね、マルロ」
心からそう謝った。そうしたら、マルロは目にじんわりと涙を溜めてた。
「次にこんなことしたら絶対に許さないからな!」
じゃあ、今回は許してくれるんだね。ありがと。
「うん、もうしない。みんなのことが大好きだから」
そして、ニコニコと微笑むファーガスさん……。怖くてそっちを直視できない。そんなあたしの様子にファーガスさんは気づいたみたい。
「おや、どうしたんだい?」
わかっててすぐこういうこと言うんだから。
「え、や、その、ご、ごめんなさい」
「謝らなければいけないようなことをしたという自覚はあるようだね。それにしては帰りが遅かったのは何故だろうね?」
チクチク。うう、あたしが悪いんだけどさ。
しばらくこれをネタにされるんだろうな。
「はい、反省してます」
しょんぼりと答えると、ファーガスさんはとりあえず勘弁してくれた。
「よろしい」
ほっ。
そうしてあたしはようやくシー・ガル号に乗船することができた。懐かしい。大好きなこの場所。
「あたし、漕ぎ手座に行って来るね!」
パルウゥスのみんな。ちゃんと謝らなきゃ!
荷物を放り出してあたしは階段を駆け下りた。途中で会った船員のみんなもあたしをあたたかく迎えてくれて、それもすごく嬉しかった。
船底へ着くと、漕ぎ手座にみんなちょこんと座ってた。
あたしが戻ったこと、足音や気配でわかったのかも知れない。ニコニコと笑顔を向けてくれた。
「Ο καθένας!」(みんな!)
パルウゥスたちは立ち上がるとあたしのそばまでやって来てくれた。
「おかえり、ミリザ」
みんなを代表するようにヴェガスが聡明な目をあたしに向けてささやいた。あたしの感情が大きく揺れる。
「ヴェガス……」
「君がこうして戻って来てくれたことを心から感謝するよ」
感謝って? そんなの、感謝するのはこっちの方だ。
いつもあたしに優しかった。たくさん支えてもらった。
「あたし、みんなに心配かけてばかりで……っ」
ひく、としゃくり上げたあたしに、ヴェガスは優しく言う。
「君が私たちと築いた絆は確かなものだからね。誰もが君を待っていたよ」
ヴェガスの言葉はいつもあたしを救ってくれる。
あたしはパルウゥスのひとりひとりと握手と言葉を交わした。ありがとうって伝えたかったから。
そうして、ヴェガスともう一度話した。
エルミスたち、トリストラム号にいたパルウゥスのことが知りたかったんだ。
ヴェガスが言うには、エルミスたちは島のパルウゥスの集落にいるらしい。トリストラム号からは解放されたけれど、問題はそう簡単じゃない。
エルミスたちの心には深い傷が残ってる。それが、平穏な暮らしをしていた自分たちとの間の溝になってるってヴェガスは悲しげに言う。同じパルウゥスでも環境が違えばわかり合うのは難しい。
でも、諦めずに誠意を持ってつき合っていくつもりだってヴェガスは力強く答えてくれた。
うん、あたしもエルミスたちに会いに行こう。
ヴェガスにディオンの願いを伝えたら、目を瞬かせた。そんな日がくればいいのにって。
がんばればいつか叶うって信じよう。
あたしはそれから甲板に戻った。そこでマストに繋がるたくさんのロープ越しに青い空と眩しい太陽を仰いだ。
ディオンが出航のために指示を出してる。久々だな、この感じ。
わくわくと胸が高鳴る。
ディオンのよく通る声が出航を告げた。
船員のみんなが上げる野太い声にあたしも一緒になって騒いでた。