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夢と希望と海賊船  作者: 五十鈴 りく
Ⅸ・未来と絆と海賊船
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㉝過去と未来と

「まず、何か言い分があるなら聴く」


 ディオンはそう言った。拳を握り締めて、どうにかして自分の感情を落ち着けようとしているみたいだった。

 言い分……約束を破って出て来たことを言い訳してみろって?


 できないよ、そんなの。ディオンが怒るのも仕方のないことで――。

 あたしは黙ってうつむいた。そうしたら、ディオンはあたしのそばに膝をついた。


「戦いが怖くなったか?」


 それもなくはない。でも、そういうことじゃない。

 あたしはかぶりを振った。感情が込み上げて来て、とても声にならない。


「じゃあ、なんだ?」


 ディオンの声ははっきりと、苛立ちを含みながらあたしに答えを求める。あたしが何も言えずに震えていると、ディオンは今度は驚くくらいそっと、ためらいがちにつぶやいた。


「……あいつに何かされたのか?」


 一瞬、その意味がわからなかった。あいつって――シリウス?

 連れ去られた後、乱暴されていたたまれなくなって出てったのかってこと? ああ、そっか、そういう見方もできたのかって思いながら首を振った。


 でも、言葉が出ない。どう言えばディオンが納得してくれるのかわからないから。

 ディオンはあたしに手を伸ばす。逃げる暇もなく、強い力で抱き寄せられた。

 罪の意識から体が強張る。でも以前の胸の高鳴りが段々と蘇るみたいだった。今、ディオンがあたしを抱きしめてくれるのはどうして?

 ディオンはあたしの耳もとで言った。


「突然現れてオレたちの日常を引っ掻き回しておいて、それで今度は急にいなくなって、お前はどこまでも勝手なヤツだ」


 あたしは……。

 ディオンの腕にぐっと力がこもる。


「お前がいなくなったのは、お前が何かに傷ついたからかも知れない。でも、オレたちにはそれがわからない。だからオレたちはお前を守れなかった事実だけを抱えて過ごさなきゃならないんだ。それも全部わかってるのか?」


 みんな優しいから、あたしじゃなくて自分を責める。でも、あたしはそんなの望んでない。

 悪いのはあたしだ。


「傷ついてなんかない。あたしは、ディオンの信頼に足る人間になれなかった。だからそばから離れたの」


 あたしはやっとそれだけを言うと、ディオンの腕から逃れようともがいた。でも、ディオンの腕は少しもゆるまなかった。


「もっとわかるように言え」

「それは……」


 言葉に詰まった。でも、言わなくちゃいけない。


「あたし、あの時、エピストレ語のこと秘密にできなかった。脅されたらあっさり屈したの。これからもきっとそう。あたし、後先考えないでディオンの不利になることをする」

「それはお前が判断することじゃない。自分で勝手になんでも決めるな」

「でも――っ」


 その先は遮られた。ディオンの唇があたしの言葉を飲み込むようにして被さった。


「んっ」


 熱い。ディオンからのキスは二度目。

 ゆっくりと始まって、その熱と勢いに頭の中が掻き乱される。

 愛しい気持ちがそこにあるかのように思わせるほど情熱的だけど、誰に対してもこうなの?


 勢いに傾きかけたあたしの体をディオンが離した。でも、両手を床について、その間にあたしを捕らえてる。その目から逃れるようにして、あたしは両手で顔を隠した。

 ディオンはそんなあたしに言ったんだ。


「全部終わったら、このわけを教えてやると言っただろう。聞かずに行くな」


 だって――。


「この感情を認めるのは、単身で敵船に乗り込むよりも勇気が要ったって知ってるか?」


 ……何それ。

 あたしが指の間からちらりとディオンを見ると、ディオンはあたしをまっすぐに見てた。


「オレがはっきりと言葉にしていれば、お前は行かなかったかも知れない。それはオレにとって何よりの後悔だった。……オレにとってお前はもう特別なんだ。言葉でどれだけ否定してもな」


 ディオンがあたしを? いつから?

 そんなことってあるの?


「ゼノンやエセルのこともある。だから、絶対にそうはならないって自分に言い聞かせて来たのに、自分のことが騙しきれなくなった。はっきりと、オレはお前を必要としている」


 あたし、ディオンにそんな風に言ってもらえる人間じゃないのに。

 ……何かの罠かな、これ。

 それとも、危険な目に遭わせたことへの罪滅ぼしだったりするの?

 体中が痺れたみたいに動けなかった。衝撃が強すぎて放心していたあたしに、ディオンは急にバツが悪そうに顔をそむけた。


「……無反応とかやめろ」


 へ?


「オレがこんなことを言うのがどれだけ恥ずかしいと思ってる」


 え、まあ、確かに……。

 よっぽどじゃなきゃ言わない気がする。


「あたし、何度も言ったよ」


 ディオンには好きって何度も言った。

 思わず言うと、ディオンは顔をしかめた。その表情が何か懐かしい。


「お前と一緒にするな」


 どういうことよ、それ。

 でも、ディオンは小さく嘆息すると言ったんだ。


「お前が出て行ってから、オレがどれだけの人間に怒られたことか……。ゼノンやエセルまで、オレに連れ戻しに行けって言ったんだぞ。とにかく、お前のことは連れて帰る。そのために探し出したんだからな。わかったな?」


 みんな……。じんわりと胸が熱い。

 本気で身を潜めたあたしを、ディオンはこうして探し出した。見つかりっこないって思ったのに。


「そっか。……ねえ、ヒルデさんがあたしの居場所を教えたんだよね?」


 すると、ディオンはうなずいた。やっぱり。


「ああ。連絡をくれた。それからヴァローナに行って、お前の親の墓にも参って来た。お前の継母だって人にも会った。事情を全部説明してくれて、お前のことを頼むって言われたぞ」


 そうなんだ……。オカアサンにはまだちゃんと居場所を言ってなかったのに。

 あたしは結局、いろんな人たちの想いに生かされているのかも知れない。

 ディオンはあたしの髪をすくい上げるようにして触れると、指に絡めてクイ、と軽く引いた。


「本気で探し出すつもりの人間から逃げられると思うなよ」


 心はいつだって囚われたままだったけどね。

 ……ねえ、お父さん、お母さん、あたしは幸せになっても許される?

 この人のそばに戻ってもいいの?

 戻りたいってあたしが心の中で叫んでたのを知ってたみたいに、ディオンはここへ来た。

 勝手かも知れない。でも、お父さんとお母さんがディオンをここへ導いてくれたって思ってもいい?


 あたしは恐る恐るディオンの首に腕を回した。ディオンはそのままあたしを抱き締め返してくれた。

 そうしてあたしはささやいた。


「ねえディオン」

「ん?」

「愛してるって言ってみてよ。そしたら帰る」


 それはディオンにしてみたらとんでもない難題だったのかも。


「お前な……」


 調子に乗って言ってみた。こんな時じゃないと多分一生言ってもらえない。

 ディオンはあたしの耳もとでボソ、とつぶやいた。あたしはそれをちゃんと拾って笑った。

 そうしたら、ディオンもちょっと照れながらほっとしたように微笑んだ。


「その顔が見たかった」


 え? ああ、そっか。笑ってろってこと。

 笑顔って、満たされると自然とこぼれるんだ。

 あたしは改めてディオンに笑顔を向けると言った。


「じゃあ、ちょっと帰る支度して来るね。女将さんには急で申し訳ないけど、明日の朝には立てるようにしないと」


 きっと船でみんなを待たせてるんだと思う。だから早く戻らなきゃと思って言ったのに、ディオンの反応はあんまり嬉しそうじゃなかった。何か複雑そう。


「そういうことは明日でいい」

「え?」


 急に抱き上げられた。でも、その次の瞬間には降ろされた。体が押しつけられた先は――。


「今夜はここにいろ」


 ディオンはぶっきらぼうな言葉とは裏腹に、すごく優しかった。

 その夜のことは後になってみても特別で、お互いにとって掛け替えのないものになった気がする。

 気持ちを確かめ合うこと。その答えを得ること。

 それはとても幸せなこと。


時間が経つと余計に言いづらくなるので早く言わなきゃと思いつつも、レオンのことがあったりして不謹慎に思えてなかなか気持ちを伝えられなかった真面目なディオンでした(笑)

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