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夢と希望と海賊船  作者: 五十鈴 りく
Ⅸ・未来と絆と海賊船
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㉕哀悼歌

 思った通り、ディオンは小さな漁村に船を着けた。あたしはその村の名前も知らない。

 ディオンはあたしにレオンを埋葬することを教えてくれた。それから、あたしがついて行く許可もくれた。


「なんだ、その荷物は?」


 あたしが布に包んだ荷物を持っていたから、ディオンがそう訊ねた。


「うん、古着。ちょっとしたお金にしかならないと思うけど、これでお花を買うの」


 そう言うと、ディオンは複雑な顔をしてポケットから銀貨を一枚出した。それをあたしに押しつける。


「これで買え」

「……うん、ありがと」


 これは素直に受け取った。

 それから、ディオンはマルロに言った。


「マルロ、お前も一緒に行け」


 あたしを一人にするのは不安なのかな。マルロは素直にうなずいた。

 とぼとぼと寂れた漁村をマルロと歩く。マルロは何か言いたげにしてたけど、あたしはそれに気づかないフリをしてた。

 本当に何もない村だけど、古着屋くらいはある。あたしはそれらしき建物の前でくるりとマルロに向き直った。


「ここで待ってて」

「ん?」

「だって、下着とか買うよ?」

「っ……」


 赤くなった。可愛いなぁ。


「じゃあ、後でね」


 って笑って別れた。嘘つきでごめんね。

 古着屋で下着なんて買わないよ。

 ここへ来た本当の理由は――。


「これ、買ってもらえますか?」


 あたしは布を解いて中のドレスをカウンターに乗せた。それから、髪飾りと靴も。

 これ、王都でヘイリーに買ってもらったものだ。他のあたしの服とは比べ物にならない高級品。これをお金に換えたかったんだ。

 古着屋のおじさんはちょっとびっくりして片眼鏡モノクルを落とした。漁村には不釣り合いな代物みたい。


「こりゃあ立派なドレスだね」

「おじさん、よくわかってますね。王都で流行のデザインなんですよ。高く買って下さいね」


 おじさんが出した値段を、あたしは何度も首を横に振って値を上げた。そうした交渉の結果、得たのは金貨三枚。このままじゃ使いにくいから一枚は細かく崩してもらってポケットに入れた。


「ありがとうございます」


 あたしは深々と頭を下げて店を出た。小さく丸めた布は空なんだけど、マルロは下着が入ってると思ってるのか、何も訊ねなかった。

 それから花屋の場所を人に訊いて、ディオンからもらった銀貨で買えるだけ買った。真っ白な大輪の花をマルロと二人で抱えて、それから船着場の方へ戻る。

 そこには担架に乗せられた布の塊があった。気温のあたたかさから、傷みは早いのかも知れない。風が運ぶにおいがそれを伝えた。


 物悲しさが一気に押し寄せて来る。

 エルミスだけはどうにかして連れて行くつもりみたい。キャスケット帽を目深に被ったエルミスは普通の子供に見える。漁村ならそれほど危険はないかな。


 担架を担いでくれているのはヴァイス・メーヴェ号の船員だ。ゼノンはディオンの指示でトリストラム号を処理するらしい。奴隷にされていた人たちも聞けば乗っていた船が難破して、救い上げられたもののそのまま捕まっていただけで、家族がいるんだって。

 だからトリストラム号を売ってまとまったお金にしてその人たちに分け与えるつもりみたい。パルウゥスたちはヴァイス・メーヴェ号に引き取るって。


 レオンの遺体を運んだのは、大木のそばだった。潮風にびくともしないで根を張っている大木。この木ならレオンを守ってくれるんじゃないかな。

 スコップを持っていたディオンが、ザクリと緑の中にスコップを突き立てる。湿った土が掘り起こされた。レオンの体は小さいから、穴を掘るのにそう時間はかからなかった。


 木の根を避けて掘った穴に、慎重にレオンの体を下ろす。エルミスが魂の抜けた同胞を大切に、穴の中に下りて横たえた。エルミスがそこから上がって来ると、あたしは持っていた花をレオンの上に撒いた。白い花弁がはらりと舞ってゆっくりと落ちて行く。


 みんながレオンの冥福を祈って黙祷を捧げた。

 そうして、ディオンが花の上に土を撒いた。レオンの体は少しずつ土に隠される。

 その作業をみんなが無言で見つめていた。

 すっかり穴が塞がると、マルロが最後に残りの花をその上に置いた。

 みんながもう一度祈りを捧げると、エルミスは高らかに歌ったんだ。


 エピストレ語のその歌は、哀悼歌だ。

 友よ安らかに、と――。

 その切ない旋律に、あたしは涙が止まらなかった。



 やるせない気持ちでその場を後にする。

 船着場に戻ると、ゼノンが待ってた。交渉の結果をディオンに報告してる。

 あたしは二人から距離があるうちに隣のマルロに言った。


「あ、古着屋に忘れ物しちゃった。ちょっと摂って来るね。すぐに戻るから」


 マルロの返事を待たず、あたしは駆け出した。

 すぐに戻るなんて大嘘だ。……二度と、戻ることはないんだから。

 あたしはさっき歩きながら確認しておいた馬車乗り場へ駆け込むと、暇そうにしていた御者のおじさんに言った。


「隣の港町までお願いします」

「あ、うん、代金は先払いだよ」

「いくらですか?」

「銀貨二枚」


 ポケットから銀貨を探し出して、眠たそうな目をしたおじさんに手渡す。おじさんは納得してくれたらしく、馬のおなかを撫でながらうなずいた。


「じゃあ、乗った乗った」


 あたしは急いで馬車に乗り込んだ。何も知らない馬車は走り出す。

 ――ごめんね、みんな。

 

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