㉓異物
それから二日後。
ルースターとアレクトールの小競り合いは終盤を迎えた。後方の憂いを絶ったルースターの猛襲に、アレクトールが撤退を決めた。甲板の上の女王陛下は戦女神さながらだったと他の船の間でもささやかれていた。本領を発揮した時の陛下ってすごいんだな……。
陛下は追撃はしなかった。
アレクトールの船を追い払い、自国の海域へ攻め込ませることにならなければそれでよいのだと。
こうした戦いはまた起こるんだろうけど、完全に終わらせるためにはもっと大きな戦いをしなければいけない。そのリスクの方が恐ろしくはある。
ルースターの船が陛下の船を囲むように集まる。陛下は甲板の上に出て、高らかな声で勝利を宣言した。
太陽の光りを浴びて輝く鎧。煌く胸もとのイーリスライト。
陛下は神がかって見えた。
あたしもシー・ガル号の甲板の上でそれを見た。各船のほぼすべての船員が甲板に上がり、陛下の声に呼応して歓声を大きく上げた。音と熱気の渦が海上にでき上がる。ゾクゾクと体が昂揚する瞬間だった。
一丸となって戦ったルースターの男たち。
喜びの瞬間だった。
なのに――。
あたしは、あたしだけはその中に溶け込めない。
この場で一人だけ、どうしようもない孤独と疎外感を感じてそこにいた。
あたしはルースターを守るどころか敵の船に加担した。
結果として大事には至らなかった。でも、それは結果でしかない。
あたしはあの時、それがディオンたちの不利になるってことまで考えられなかった。目先のことで頭がいっぱいになった。
あたしはそうやって、また同じことを繰り返してしまうんじゃないだろうか。
何度でも、何度でも。
そんなあたしは、この場では間違いなく異物だった。
その後、各々は王都へ向かう。
でも、その前にそれぞれの船の船長が陛下にお会いしに船に行った。ディオンも呼ばれて行った。
トリストラム号はヴァイス・メーヴェ号の船員が移って取り仕切ってるみたいなんだけど、食事が十分じゃないみたい。一時的に三隻の船を連結させて物資を運ぶ。
あたしはエルミスやレオンのことが気になったから、ファーガスさんに頼んで傷薬をもらうとトリストラム号に向かった。
急いでトリストラム号の漕ぎ手座まで進むと、そこは以前よりもいくらかマシに清められていた。ディオンが指示してくれたんだと思う。
停泊した船の漕ぎ手座にぼんやりと座っているエルミスを見つけた。あたしは傷薬の入った小箱を手にエルミスに駆け寄る。
「Ερμής」(エルミス)
「Ω, Μίριο」(ああ、ミリザ)
エルミスはほっとしたようにあたしに弱々しく微笑みかけた。
「Γνώρισα Δίου.Το μέλλον μας, που μου είπε και να μην ανησυχείτε γιατί να αναλάβουν όλα.Είναι ισχυρό και απαλή άτομο」(ディオンさんに会ったよ。僕たちの今後のことはすべて引き受けるから心配するなって。力強くて、それでいて優しい人だね)
あたしは小さくうなずく。
そんなエルミスのつぶらな瞳は潤んでいた。あたしはその瞳に言う。
「Ήρθα για να μεταφέρουν το φάρμακο.Πού είναι Λέων?」(お薬持って来たの。レオンは?)
すると、エルミスはびくりと体を震わせ、そうして――。
「Ήρθε σε ένα ταξίδι」(旅立ったよ)
「え?」
「Πριν Δίου έρχεται, πέθανε」(ディオンさんたちが来る前に、息を引き取った)
「っ……」
あたしは薬を取り落としてそれを拾うこともできなかった。
エルミスが虚ろな笑顔をあたしに向けた。
「Δίον είναι πραγματικά φιλικό.Επειδή ξέρουν ότι είναι οι άνθρωποι που είναι στη γη, δεν είναι οι υπηρέτες της θάλασσας,ναι μας να θάψει τα πτώματα στο έδαφος, χωρίς να ρέει στη θάλασσα」(ディオンさんは本当に優しい。僕たちは本来海ではなく大地と共にある種族だと知っているから、遺体は海に流すのではなく陸地へ葬ってくれるって)
――助けられなかった。
あんな目に遭って、やっと光が見えたのに。
悔しくて切なくて悲しくて涙を流すあたしに、エルミスは言った。
「Σας ευχαριστώ,Μίριο」(ありがとう、ミリザ)
何も――何もできなかった。ありがとうなんて言われるに足る自分じゃない。
レオン、ひと言も言葉を交わすことすらできなかった。
冥福を祈ることしかできないけど、あたしはレオンが次こそ幸せに生れつくように祈り続けた。
そうしてあたしはこの先の身の振り方を決めた。