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夢と希望と海賊船  作者: 五十鈴 りく
Ⅸ・未来と絆と海賊船
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㉑始まり

 ヒク、ヒク、としゃくり上げるあたしに、ディオンは優しかった。

 あたしに胸を貸したまま、ディオンはぽつりとつぶやく。


「……後方に想定外の戦闘が発生した時点で、敵はアレクトールの軍勢じゃないとわかった。それなら普段から海賊相手に戦っている俺たちの方が対応できるだろうと陛下がヴァイス・メーヴェ号がそっちに向かう許可をくれたんだ」


 そう、なんだ……。


「それで、シー・ガル号に追いついた時には襲われた後だった。特にエセルの怪我がひどかったからな、ファーガスをシー・ガル号で降ろして事情を聞けるヤツを一人こっちに乗せてすぐに船を走らせたんだ」

「エセルは……」


 息を詰まらせながら訊ねると、ディオンはうなずく。


「死にやしない。回復には少し時間がかかるかも知れないが、意識もしっかりしてた。……お前のことを頼むって言ってた」


 それを聞いて安心した。

 あんな状態なのに、あたしのことを心配してくれてたんだね。……ありがとう。


「このトリストラム号は国に属さないからな、戦争そのものに興味はない。それなら戦線をすぐに離脱する。両国間の海域を外れて南へ来ると見越して先に船を動かした。こっちにはパルウゥスたち、それも統率力のあるヴェガスがいたからな。全力で船を進ませてくれた」


 ヴェガス。ヴェガスにも会いたいよ。

 エルミスやレオン、この船にはパルウゥスがいるんだって知らせたい。

 ディオンは小さく嘆息した。


「グレッグ=シリウスのトリストラム号はいつか行き会った時には潰すつもりでいた。海の掟も義理も通用しない、根っからの悪党だ。いくつの船が沈められたかわからない。よりによってそんな船にお前が――」


 ようやくあたしはディオンの腕に血の染みとにおいがすることに気づいた。ディオンの怪我じゃない、この血は別の誰かのものだってすぐに思った。

 この血は誰のかなんて、考えたくない。


甲板うえはゼノンに任せて来た。あいつもお前を心配してる」

「うん……」


 なんとかしてうなずくと、ディオンはあたしの肩に手を置いてそっと体を離した。そうしたら、ブラウスの肩の破れと、顔に殴られた痣があることを見つけたみたい。ディオンの方が当事者のあたしよりも痛いみたいに顔を歪めた。


「殴られたのか?」

「少し。でも、大丈夫」

「……立てるか?」


 もう一度うなずいて、あたしは立ち上がった。

 そんなあたしに、ディオンは正面から言った。


「よく、がんばったな」


 ズキリ、と胸が痛んだ。

 それは今までに感じたことのない痛みだった。



 ディオンに連れられて甲板へ上がる最中、あたしはなんとかこの船にパルウゥスたちが隷属させられていることを語った。ディオンは真剣な面持ちでそれを受け止めてくれた。


「……わかった。そのパルウゥスたちのことは保護する。奴隷たちもこちらに反意がない者は助ける」


 ほっとした。これで弱っているレオンも助かる。エルミスたちに言ったように、幸せな場所へ連れて行ける。

 でも、あたしはこの時になって気づいてしまった。


 エルミスとディオンが顔を合わせたら?

 エピストレ語を話せるディオンに、エルミスはあたしがしたことを話してしまう。

 どうしよう、あたし、それが怖い……。


 ディオンはあたしをどう思う?

 あの優しさが怒りに変わるの?


 カタカタと震え出したあたしを、ディオンはよっぽど怖い思いをしたと思ったのかも知れない。気遣うような目を向けて手を引いてくれた。

 あたしは罪悪感でいっぱいになった。



 甲板の上はゼノンたちのおかげで一掃されていた。いつもは優しいゼノンだけど、今回ばかりは容赦なかったんじゃないかな。小銃を担いで厳しい顔で指示を出していた。眩しすぎる太陽が目に痛い。

 トリストラム号の船員たちは動けないほどに弱った男たちが数人転がっているだけ。あんなに人数が少ないわけがない。……そういえば、ここへ来る途中に何度も水柱が上がるような音がしてた。死者は海へってこと?


 シリウスもその中に含まれていたのかも知れない。

 でも、悲しくはない。それだけひどいことをした人だから。 

 キュッと唇を噛むと、そんなあたしをゼノンが見つけた。


「ミリザ!!」


 駆け寄って、痛いくらいにあたしを抱き締める。ゼノンも震えていた。


「……もう、大丈夫だから」


 そう答えると、ゼノンはそれでも心配そうにしながらあたしを解放してくれた。

 そんな様子を眺めていたディオンはあたしに言う。


「とりあえず、お前はヴァイス・メーヴェ号へ戻れ。こっちでの後処理を済ませたらシー・ガル号と合流するために引き返す。戦線の方も気になるからな」

「うん……」


 あたしはゆっくりと、繋がれた跳ね橋を進んだ。ヴァイス・メーヴェ号の甲板へ足をつけた瞬間にほっとしたような、それでいていたたまれないような気持ちになった。

 そんなあたしの心境を何も知らないみんなは、諸手を挙げてあたしの無事を喜んでくれた。 


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