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夢と希望と海賊船  作者: 五十鈴 りく
Ⅸ・未来と絆と海賊船
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⑲消え行くもの

 ぐったりとしたレオンから視線を移し、あたしはシリウスを睨む。


「レオンの手当てをして。ちゃんと休ませて」

「レオン?」


 シリウスは眉根を寄せた。不思議そうにする様子が頭に来る。


「あの子の名前。あたしたちと同じように一人ずつに名前があるの。当たり前でしょ」


 ああ、と面倒くさそうにつぶやく。そうして、手下に指示をした。一応あたしの要望通りに伝えてたけど、あいつらがちゃんとしてくれるとは思えない。後で様子を見に行こう。

 パルウゥスの二人がそうして連れて行かれると、室内にはあたしとシリウスの二人が取り残された。部屋の空気は耐えられないくらいに淀んで感じられる。

 シリウスはあたたかみの一切ない声で言った。


「先に言っておくが、お前が勝手に死んだりしたらあの役立たずは海に投げ落とす。あいつを生かしておきたければ、俺に尽くせ」


 ……わかってる。

 弱みを握られた以上、あたしはもうこいつには勝てない。


 そうして、あたしは船底の漕ぎ手座に連れて行かれた。シリウスはついて来なかった。手下が二人、あたしにつき添う。シリウスは甲板で周りの状態を確認してるのかも知れない。膝を抱えて壁際に座ったあたしにエルミスが困惑した目をチラチラと向ける。けど、そのせいで船を漕ぐ手が疎かになって狭い通路を行き来する監視の男に殴られた。


 ハッとしてあたしが顔を向けると、今度はエルミスが正面を向いた。必死で船を漕ぐ。

 レオンはほとんど動けない。向こうの部屋に置き去りだ。手当てはしてくれたと言えばそうなんだけど、十分じゃない。そもそも、衛生面が問題なんだ。こんなところじゃ傷ついた体は回復できない。


 しばらくそのままだった。あたしに誰も声をかけなかった。でも、どれくらいか経って、シリウスが漕ぎ手座にやって来た。その途端、張り詰めていた空気が更に息苦しいまでに感じられる。

 座り込んでいるあたしを見下ろしてシリウスは命令した。


「この機に稼げるだけ稼ぐ。比較的手薄な南側の海域へ船を動かせ。風は頼れない。痛い目をみたくなければ手を抜かず、死ぬ気で漕げ。そうパルウゥスどもに伝えろ」


 嘘を伝えたらどうなるか、それくらいわかるだろうって顔に書いてある。


「……南はどっち?」


 暗い顔であたしは訊ねる。シリウスは無言で壁を指差した。

 あたしにはもう、逃げ道はない。壁を背に立ち上がると、漕ぎ手座の通路の先に立った。全員じゃない、でも半数がパルウゥスだ。一足飛びに混じってる。しかも、女性のパルウゥスもいた。ディオンなら絶対にこんな扱いはしないのに……。

 パルウゥスじゃない人も、一見しただけで奴隷扱いなんだってわかった。


「Ο καθένας, παρακαλώ ακούστε.Παρακαλούμε να μετακινήσει το πλοίο προς το νότο.Αν δεν ακολουθήσετε είναι να συναντήσουν σοβαρή μάτι.Είναι δύσκολο, αλλά κάνουμε το καλύτερο σας.」(みんな、聴いて。南へ船を動かしてほしいの。そうしないとあなたたちもひどい目に遭わされる。大変だけど、どうかがんばって)


 エルミス以外のパルウゥスはあたしのエピストレ語に驚いて手が止まりかけた。でも、いつも鞭打たれているのか、恐怖心が勝ったみたい。疑問を口にしなかった。


「Νότια είναι της κατεύθυνσης εκεί.Κατεύθυνση του ανέμου είναι όχι εγώ πιέστε το πίσω μέρος」(南はあっち。風は背中を押してくれないけれど)


 あたしが南を指差すと、パルウゥスたちはなんとなくうなずいた。それを確認すると、シリウスは残りの奴隷に公用語であたしに伝えたのと同じことを言い放った。


 ドドドド、と太鼓のリズムに合わせて櫂が動く。船体が半旋回したのがわかった。パルウゥスも他の奴隷もシリウスや鞭が怖い。だから必死で漕いだ。

 呆然と立っていたあたしの背後から、シリウスの声がした。


「大したもんだな。よくやった」


 ゾク、とその声はあたしの体を震わせる。

 あんたに褒められたって少しも嬉しくない。

 それどころか――。

 あたしは大切な知識をディオンたちのため以外に使ってしまった。そうして、きっとこれからも。

 目の前が真っ白になった。急に立っていられなくなってその場にへたり込む。


「ん? 気丈な女だとは思ったが、さすがにこたえたか。まあいい、少し休ませてやる」


 お前は大事な財産だからな、と。

 シリウスは手下に命じてあたしを船室へ運ばせた。……触らないでよ。

 かさついた手を振り払おうとしたけど、体に力が入らなかった。


 運ばれた先は、最初に目覚めたところだった。そのベッドに体を横たえられた。それから、簡素な食事がサイドテーブルに置かれたけど、食欲なんてまったくなかった。


 今、あたし苛むのは罪悪感なのかな。

 一人になった途端、涙が堪えられなくなって、あたしは薄汚れたベッドに突っ伏して、声を殺して泣いた。でも、胸の痛みは増すばかりだった。


 救いはどこにもない。

 このつらさから逃れるために、幸せなはずの思い出が遠退いて薄れて行く。

 こうしてあたしはディオンを忘れて行くのかな――。

 

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