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夢と希望と海賊船  作者: 五十鈴 りく
Ⅸ・未来と絆と海賊船
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⑰死守

 トリストラム号の船長シリウスがあたしのブラウスの肩口を引っ張る。首が締まって苦しいけど、そんなこと考慮してくれる相手じゃない。足早に引きずられるようにして連れて行かれたのは船長室だった。

 シー・ガル号の船長室と似たところもある。どちらかと言えば殺風景で無駄がない。地図や羅針盤、必要なものだけをそろえた印象だ。


 あたしは中へ入るなり放り出された。その拍子にブラウスの肩が破れた。

 あんまりにも乱暴だったから、あたしは受身も取れずに床に転げた。すぐに体勢を立て直そうとしたけど、その時にはシリウスがあたしのそばに立っていて、あたしを見下ろしていた。


 背筋がぞくりとした。

 なんて冷たい目をするんだろう。


「ディオン=フォーマルハウト」


 シリウスがぽつりとつぶやいた。

 あたしはその名前がこいつの口から零れたことにただただ愕然とした。

 なんで? なんであんたがディオンのことを――。

 そんなあたしを船長は嘲笑う。


「お前が乗っていた船の持ち主はヤツだろう? 今回は手下に任せて別の船に乗っていたようだが」

「……ディオンを知ってるの?」


 怖いけど、それを訊ねないわけにも行かなかった。すると、シリウスはスッと目を細めた。


「ああ、海にいればそれなりに聞く名前だからな。ヤツの船は速く、波を自在に操るとさえ言われている。そんなヤツの船にパルウゥスの言葉を解する女がいる。つまり、パルウゥスを思うように従わせることができるわけだ。ヤツの船の秘密はそういうことだな」


 違うって叫びたかった。でも、そんなことをしたら余計に怪しくなる。

 だから、結局のところあたしは黙るしかない。黙ってシリウスを睨む。

 そうしたら、シリウスの分厚い手の甲がためらいなくあたしの頬を打った。……久々に痛かった。オヤジといい勝負ってくらいに手加減がない。痣になりそう。


 でも、そんなので屈したりしない。あたしは顔を上げてもう一度シリウスを睨んだ。そこには残虐な顔がある。


「お前、まだ助けが来るとでも思ってるのか? そんなわけねぇだろ。俺たちはこの戦のために雇われたんだ。ルースターの船を一隻でも多く無効化するようにってな。お前らの船は外側に配置されていた。戦争を始めるようなお偉方にとって、お前ら程度の船なんて使い捨ての駒に過ぎねぇんだよ」


 ……残念ながら、こいつの言うことも的外れじゃない。

 陛下がっていうんじゃないけど、軍のお偉いさんはもう少し安全なところに自分の船を置いた布陣にしたのかな。ディオンやエセルが納得できるようにもっともらしい説明は上手にしてくれたかも知れないけど、実際はこうだもん。

 シリウスはあたしのそばに片膝をつくと低く凄みのある声で言った。


「お前は今、俺の所有物だ。俺に従え」


 何言ってるの、この人。

 そんなの嫌だ。冗談じゃない。


「あたしは物じゃないの。そんなのお断り」


 怖いよ、もちろん。この人、何するかわからない。

 でも、それ以上に怖いのは、ディオンに憎まれること。

 この知識を他に漏らすことは絶対にしちゃいけない。たとえ殺されるとしたって、それだけはいけない。

 だから、あたしは絶対にこいつには屈しない。

 パァンって、もう一度甲高い音を立てて殴られた。口の中に血の味が広がる。


「いちいち生意気な娘だ。だがな、お前はパルウゥスたちを俺の望むように動かすことでしか生き延びる方法はねぇんだよ」

「あたしはあなたの思い通りになんてならない」


 殴れば従うと思うな。気に入らないと殴る、オヤジと一緒だこいつ。

 そうしたら、シリウスはあたしの首をつかんで床に押しつけた。太い指が食い込んで、ぐ、と首が締まる。でも、その苦しさよりも体を震わせたのは――。


「っ……」


 一瞬のあたしの動揺をシリウスは勝ち誇ったように笑う。


「さっきまでの威勢はどこいったんだかな」


 不快な手が脚を這うように上がって来る。


「お前の価値はお前が決めろ。少なくとも、パルウゥス共の通訳をするならもっと大事に扱ってやる。ただの肉欲の捌け口になりたいなら話は別だが」


 気を抜いたら涙が零れそうになる。でも、こいつに涙なんて見せられない。

 あたしはぐったりと力を抜いて目を閉じた。


 ――自分の身可愛さに大事な知識を使えない。

 それはディオンに対する裏切りなんだ。

 あたしは、それだけは絶対に許せない。どんなことがあっても……。

 

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