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夢と希望と海賊船  作者: 五十鈴 りく
Ⅸ・未来と絆と海賊船
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⑯トリストラム号

 二人のパルウゥス。横たわる体はヴェガスたちよりも更に小さく見えた。食事が十分じゃないのか、過労のせいか、痩せ細ってる。

 ぐったりと眠るそのうちの一人の顔をあたしが覗き込むと、あたしの髪が滑り落ちて顔にかかってしまった。……起こした?

 そのパルウゥスは薄っすらと目を開いた。でも、すごく虚ろな目だった。焦点が合わないながらにその目があたしに向いた。


「Ποιος είναι?」(誰?)


 かさかさに乾いた唇がそう言った。思ったよりも喋り方が幼い。まだ若いのかも知れない。

 あたしはそっと語りかけた。


「Λυπάμαι να ενοχλεί τον ύπνο.Είμαι Μίριο.Ποιο είναι το όνομά σου?」(起こしてごめんなさい。私はミリザ、あなたのお名前は?)


 すると、そのパルウゥスはびっくりしたように目を瞬かせた。


「Μιλάτε τη γλώσσα μας?」(君、僕たちの言葉を話せるの?)

「Ναι, αλλά αδέξια」(ええ、拙いけれど)

「Έμεινα έκπληκτος.Συνάντησα για πρώτη φορά σε τέτοια "Μεγάλος"」(驚いたな。そんな『メガロス』には初めて会った)

「Μεγάλος?」(メガロス?)

「Αυτό σημαίνει ότι οι ψηλοί άνθρωποι」(大きい人って意味だ)


 なるほど、あたしたちがパルウゥスって呼ぶように、彼らにもあたしたちの呼び名があるんだ。

 彼はよろよろと身を起こす。あ、無理させちゃったのかな。


「Κάλεσα το Ερμής.Είναι Λέων.Μίριο,Έχετε Γιατί εδώ?」(僕はエルミス。あっちはレオン。ミリザ、君はどうしてここに?)


 エルミスは長めの髪をうっとうしそうに振った。レオンも伸びっぱなしの髪に顔の半分が隠れている。


「Ήρθα εδώ απαχθεί」(別の船から連れて来られたの)


 それを聞くと、エルミスは悲しそうな目を更に寂しげに揺らした。


「Μάλιστα.Καπετάνιος Σείριος αυτού του ζητήματος Τριςτραμ είναι ένα πολύ τρομακτικό πρόσωπο.」(なるほどね。このトリストラム号の船長シリウスはとても恐ろしい人だ。上手く逃げられるといいけれど、難しいかな?)


 この船はトリストラム号っていうんだ。船長が怖いのはすでにわかってるけど……。


「Αλλά Πάω να τρέξει μακριά.Θέλετε να ενωθούν μαζί μας?」(でも逃げ出すつもり。あなたたちも行く?)


 あたしがそう言うと、エルミスはまたまた驚いてた。


「Μαζί? Είναι η ίδια όπου κι αν πάτε.Δεν είναι μόνο ένας σκλάβος κωπηλασία το σκάφος για Μεγάλος」(一緒に? どこへ行っても同じだよ。メガロスにとって僕たちは船を漕ぐ奴隷でしかないから)


 そんな悲しいことを言う。ズキリと胸が痛んだ。

 違うよ、そうじゃない。

 世界は広いんだよ。


「Δεν είσαι ένας σκλάβος.Μπορείτε να ζήσουν πιο ελεύθερα.Επειδή ξέρω ότι υπάρχει, ας πάνε μαζί」(あなたたちは奴隷なんかじゃない。もっと自由に生きられる。私はその場所を知っているから、一緒に行こう)


 エルミスは出会ったばかりのあたしの言葉をすぐには信じてくれなかった。探るような目をあたしに向ける。だからあたしは目をそらさなかった。

 パルウゥスたちは心の動きに敏感だ。それはあたしがエピストレ語をまだ話せない時から感じてたこと。

 誠意を持って心で話す。それが言葉以上に大事なことなんだ。


 心が伝われば、後は難しい理屈なんて要らない。

 あたしはエルミスの労働で酷使された手を握った。櫂を握り続けたタコやひび割れが痛そうだ。ファーガスさんに何かお薬もらいたいな。


「Εκεί που πραγματικά θέλω να πάω, αν υπάρχει.Θέλω να πάω με όλους」(そんな場所が本当にあるのなら行きたいよ。みんなで行きたい)


 ぽつりとそう零して、エルミスは潤んだ瞳でぐったりとしたレオンを見た。レオンはあたしたちの会話を聞いているのかどうかもわからない。


「Ναι, ο καθένας.Παρακαλώ ελάτε」(うん、みんなで。みんなでおいでよ)


 自分がこれからどうなるのかもわからないくせに、無責任なことを言った。

 でも。


 そうでも言わなきゃ、エルミスたちに希望を持ってもらえない。ここで使い捨ての道具みたいにこき使われるだけが生きることじゃない、幸せなことが世の中にあるんだって知ってほしい。

 まるで過去のあたしみたい。


 幸せな場所って本当に存在するんだよ。

 少なくとも、あたしはみんなのおかげでそれを知ったんだ。

 ――こうなったら、なんとしてでもこの劣悪な環境からエルミスたちパルウゥスを救い出したい。

 そのためにできることをしなくちゃ。弱音なんて吐いてる場合じゃない。

 そう、あたしは覚悟を決めた。


「Θέλω να είσαι ευτυχισμένος」(あなたたちも幸せにならなくちゃ)


 ヴェガスが以前、他の同胞のことを思うと申し訳なくなるくらいに幸せだって言ってた。

 エルミスたちにも島のパルウゥスのように幸せになる権利があるんだ。

 だから――。


 ガタン、と背後で音がした。

 エルミスは小動物のように怯えて体を竦めた。

 薄暗い部屋の中、狭い戸口を潜って来たのは……。


「お前、パルウゥスの言葉を話せるのか?」


 船長……名前はシリウスって言ってた。冷徹なその顔に驚きと不穏な何かを滲ませた。

 ――マズい。聞かれてた?

 あたしが押し黙ると、シリウスはあたしのそばに来てあたしの髪をグイッと乱暴につかんだ。痛い。

 エルミスはひどく怯えて縮こまってる。

 あたしは無言でシリウスを睨んでやった。すると、シリウスは楽しげに笑った。不気味だ……。


「来い」


 今度は胸倉をつかんで立たされた。

 ……どうしよう、どうやってとぼけたらいいのかな。

 あたしはエルミスたちと引き離されて連れて行かれた。その道中、ずっとディオンに助けを求めてた。

 ディオン、あたし、どうしたらいい?

 

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