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夢と希望と海賊船  作者: 五十鈴 りく
Ⅰ・夢と希望と海賊船
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⑰先生

 島が見えた。明日には着けると思う。

 あたしはパルウゥスたちと食事を採りながら考えた。

 船が着いたら、もしかしてヴェガスたちとはお別れ?

 島にいればたまには会えるのかな? せっかく仲良くなったから、このままさよならはやっぱり寂しいかも。


 マルロだってなんだかんだ言いながら一緒に働いてると、生意気な弟って気がしてる。反発はするけど、でもあの子ががんばってるのは事実だから嫌いにはなれない。

 ファーガスさん、時々ジョークがブラックだけど、基本は穏やかなおじいちゃん。

 エセルも悪い人ではないのかなって思い始めた。ゼノンさんは爽やかですごくいい人。

 ディオンさんは、なんでもできるすごい人。あたし、次に生まれ変わったらディオンさんみたいになりたいかも。そうしたら、自由でもなんでも手に入るよね……。


 たった数日で情が移るものなんだ。

 じゃあ、やっぱりここでお別れは正しいのかな?

 ふとそんな風に思ったあたしの心を見透かすみたいに、ヴェガスがあたしの顔を澄んだ瞳で覗き込んでいた。


「ちょっと考え事。ごめんね」


 少し笑うと、ヴェガスは心配そうに首をかしげた。

 ああ、ひとつだけやらなきゃいけないと思うことがあった。



 その晩、あたしは寝室代わりの倉庫に引っ込む前に船長室でディオンさんの帰りを待った。

 ギィ、と扉が開いて、ディオンさんが戻って来る。部屋の中で立っていたあたしに、ディオンさんは真剣な目を向けた。


「明日の朝には船が着く」

「うん、そうみたいですね」


 扉を後ろ手で閉めながらディオンさんは部屋を通過する。あたしの前で立ち止まってくれるでもなく、寝室の方に向かう。あたしはその背中を追った。


「お願いがあるんですけど」

「勝手に船に乗り込んだ挙句にお願いか? お前の図々しさには呆れるな。オレに仕事か住む場所を世話しろとでも言うのか?」


 寝室のドアノブに手をかけながらディオンさんは顔をしかめた。あたしはかぶりを振る。


「海賊のディオンさんにそんなこと頼みません。そうじゃなくて、パルウゥスの言葉を少し教えてほしいんです」


 そう言った途端、ディオンさんはやっぱり嫌な顔をした。


「難解なエピストレ語をお前が理解できるつもりでいるのか? ひとつふたつの単語を覚えたくらいでおめでたいヤツだな」

「でも、お別れの挨拶くらいはちゃんとしたいですよ。お願いします」


 ぺこりと頭を下げたあたしを無視して、ディオンさんは寝室の扉を開いた。その中へ体を滑らせるディオンさんが素早く扉を閉める前にあたしもその隙間に入り込んだ。


「頭下げてるのに無視ですか!」

「入って来るな!」


 しばらくそんなやり取りをしてから、ディオンさんはイラッとした顔であたしを放置した。ブーツを脱ぎ捨てると、ベッドで横になってシーツを被る。あたしもムッとしてベッドに乗ると、ディオンさんのシーツを剥ぎ取った。


「だから、教えて下さいってば!!」


 剥ぎ取ったシーツを再び奪い返される。


「しつこい!! エピストレ語は他の船舶にとったら財宝並みに貴重な知識だ。なんでお前みたいな小娘にタダで教えてやらなきゃいけない?」


 パルウゥスとの意志の疎通ができないから、他の船はパルウゥスを隷属させるって言ってた。彼らに協力を求めることができる言葉は、みんながほしがる力なんだ。

 でも、あたしはそんな大それた目的で言ってるんじゃない。ただ、ヴェガスたちと話したいだけだ。


「悪用するわけじゃないんですよ。ちょっとくらいいいじゃないですか!」


 もう一度シーツを引っ張ると、ディオンさんが急に手を離したからあたしは勢い余ってベッドから転がり落ちた。


「いたた……」


 シーツを頭半分に被って腰を摩ってると、ベッドに座り込んだディオンさんが冷ややかな目を向けていた。


「もし本当に覚えるつもりがあるなら教えてやる」

「え?」


 さっきまでの抵抗が嘘みたい。でも、嬉しかった。

 あたしは顔を輝かせてベッドに勢いよく手をついた。


「ほんとですか!?」


 ディオンさんに顔を近づけると、額を押し戻された。


「ただし、覚えたらオレの許可なく島から出さない」

「へ?」

「当たり前だろう? 最重要機密トップシークレットだ」


 島から出さないって言えばあたしが怯むと思ってる。勝ち誇ったディオンさんの顔がそう語ってる。

 とっぷしーくれっと、ですか。

 そう、そうだよね。ええと……。

 それじゃあ、あたしは自由にはなれない。でも、あたしの中にそれを覚えたい、知りたいって気持ちが強く湧いてた。だから、あたしは選び取った。


「それでもいいから教えて下さい」


 そんなあたしの覚悟に、ディオンさんは少し驚いたみたいだった。そう答えるとは思わなかったみたい。


「じゃあ、お願いします、先生」


 あたしはそう、不敵に笑って見せた。新しい世界は、こうして開けて行くのかな。

 ディオンさんは深々と嘆息すると、言った。


「σεμνότητα」※

「え?」

「お前に足りないものだ」


 あたしに足りないもの? なんだろ? 色気とか言うのやめてよね。

 まあいいや、教えてくれるってことだよね?


 ディオンさんは結局、手燭の油が切れるまではあたしの先生になってくれた。これが切れたら素直に寝るという条件で。

 

 ※慎み


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