⑮暗闇の邂逅
あたしは揺れる船のどこかで悲鳴を上げながら起き上がった。
顔を濡らす涙に気づいて素早くそれを拭う。そこはベッドの上だった。薄汚れて細かいゴミがたくさん落ちてる。……ここはシー・ガル号じゃない。
だから、あれは全部夢じゃないんだ。
シー・ガル号は見知らぬ船に襲撃されて、エセルは負傷して気を失ってた。船員のみんなも戦ってた。
船の舵を取るエセルがあの状態でシー・ガル号はその後どうなったの?
慌てて窓の外を見るけど、船室の窓は小さい上に開かない。海しか見えなくて周りの状況が少しもわからなかった。
ただ、揺れや音から察するに、戦いの中から少し離れたのかも知れない。
この船はきっと、あの襲撃者たちの船だ。あたしはそこへ運ばれた。
ろくに掠奪をする暇がなかったらしいから、あたしのこと売り飛ばすつもりなんだと思う。それか、その前に慰みものにでもするつもりなのか……。
そう考えてブルリと身を震わせた。
ディオンに会いたい。
今すぐ。
迎えに来てよ……。
あたしはスカートの上から太ももの辺りを摩ってみる。やっぱり、そこには空のホルスターがあるだけ。拳銃は甲板の上で落としたっきりだ。
どうしよう。どうしたらいい?
泣いてる場合じゃないのに、涙がまた溢れそうだった。あたしはそれを押し留めるようにして目を押さえた。
……とりあえず、扉の方に近づいてドアノブに触れてみる。そうしたら、開いた。
すごく意外だったけど、閉じ込められてなかった。ああ、ここは船の上だもん。逃げ場なんてないってこと? もともと鍵のある部屋じゃないんだ、ここ。
あたしはそうっと廊下へ出た。そこには誰もいなかった。ほとんどの船員は甲板か、船を漕いでるか、そのどっちかなんだろう。
あの残忍な船長だったら、漕ぎ手座には鎖に繋がれた奴隷がいるのかも知れない。鞭打たれながら死ぬ思いで船を漕がされているんだろうか。
そんなことを考えたせいか、あたしの足は無意識のままに下へと向いていた。階段を音を立てないように慎重に下りると、ドン、ドン、と力強い太鼓の音がする。それから怒声がして、あたしは身をすくめた。
やっぱり、何かを叩くような音もする。呻き声もする。
確認して、それで?
あたしはどうするつもりなんだろ?
それもわからないままにそこにいた。自分の身ひとつ守れないあたしが、他のことを気にする意味はあるのかな。
ねえ、ディオン。
大人しく待ってれば迎えに来てくれる?
それとも、あたしはやっぱり二度とディオンには会えないのかな。
ぼうっと、頭が上手く働かなかった。ふらりと船底へ向かって行く。そこへ向かう階段は、下へ向かえば向かうほどに嫌な臭いがした。きっと、衛生状態を保ってない。そんなんじゃ漕ぎ手たちだって病気になっちゃう……。
ドキドキとうるさく鳴る胸を押さえながら階段を下りる。
罵る声が聞こえた。
「この愚図が! 手を抜いてんじゃねぇよ!」
あたしはビクッと壁にしがみつく。そっちを覗くのは怖くてできなかった。
……そろそろ上に戻った方がいいかな。この船、最悪だ。船底を見ればその船のすべてがわかる。
上に戻って、どこか隠れられる場所を探そう。時間稼ぎにしかならないかも知れないけど。
あたしはそう決めたけど、ふと漕ぎ手座へ続く通路の手前に扉のない小部屋があることに気づいた。ちょっと暗い。あたしは目を凝らしてそこを見る。
中に蠢く何かがいた。
寝転んでる人だ。ここは休憩室? ……そんないいものじゃなさそう。動けない人を押し込んでるんだ。
疲弊してる人をほったらかして、もし何かあったらどうするの? 海に捨てればいい――そう答えるんだろうな、ここの船長。
ディオンやヒルデさんみたいな船長もいれば、あんなのもいる。捕まったのが運の尽き……。
あたしは漕ぎ手座の方をちらりとだけ見て、監視の人が背中を向けていることを確認すると、その倒れた人たちのいる部屋へ素早く駆け込んだ。何かをしようって思ったわけじゃないけど、でも放ってもおけなかった。とにかく、状態を知るだけでも……。
薄暗い中、薄い布一枚を被って倒れていたのは子供くらいの背丈の人だった。思ったよりもずっと小さい。二人いる。
あたしは薄暗いながらに目が慣れて、ようやく二人の顔を確認することができた。
そうして、叫びそうになった自分の口を押さえた。
ぐったりと倒れ込んだ二人は、小人族パルウゥスだった――。