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夢と希望と海賊船  作者: 五十鈴 りく
Ⅸ・未来と絆と海賊船
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⑩ディオン

「会議の結果、シー・ガル号は波状陣形の北側になった。ヴァイス・メーヴェ号は中央寄りだから、互いの船影が見えるとは言えない距離だ。シー・ガル号の配属される一帯を統率するのは別の船になる。その指揮下で的確に動くんだ」


 ディオンは船のみんなにそう告げる。みんなは甲板の上でディオンとエセルを囲み、強張った顔で聞いていた。あたしはそっと手を上げて訊ねる。


「……統率ってどの船?」

「コキノレミス卿の船だ」


 え、誰それ?

 ディオンは嘆息する。


「お前が何かを考える必要はない。エセルの指示に従え」


 それ、余計なことはするなって言ってるんだよね。はいはい。

 エセルはおどけるでもなく、軽口を叩くでもなく苦笑した。珍し――ううん、根っこには真面目な性質もあるから、エセルなりに責任を感じて緊張してるんだと思う。


「ミリザに限らない。皆、エセルの指示に従ってくれ。そうして、この戦いを切り抜けて無事に島へ戻ることだけを考えるんだ」


 みんなが一丸になって戦う時。それぞれがディオンの言葉を理解して、野太い声を大きく上げた。

 満足げにうなずいてみんなの声を受け止めると、ディオンはその輪の中心から歩き出した。


「パルウゥスたちにも会って来る」

「あたしも行く!」


 ディオンのそばにいられる時間は少しでも多い方がいい。これからしばらく会えないんだ。だから――。

 無言であたしをちらりと見て、そうしてディオンは視線を外した。好きにしろってことだよね?

 あたしは急いでディオンの後を追った。誰もついて来なかったのはエピストレ語での会話についていけないからかも。



 船底の漕ぎ手座へ向かうまでの道中、あたしは先を行くディオンの背中をずっと見つめて追いかけた。一度も振り向かない背中に、あたしは胸が苦しくなって軍服の裾をつかんだ。


「……なんだ?」


 振り返る。表情はないけど、それでも顔を向けてくれたことが嬉しかった。


「ううん、ごめん」


 手を離す。胸がトクリと鳴った。

 ディオンは小さく嘆息して、そうしてまた歩き出す。

 スタヒスたちに会うと、ディオンはみんなと視線を合わせるように膝を折った。そうして、真摯な目をして言う。


「Είναι κρίσιμο σημείο από το αύριο.Παρακαλώ」(明日からが正念場だ。頼む)


 スタヒスたちも真剣な眼差しでうなずいた。


「Ναι.Εμείς θα κάνουμε δύναμη μας」(はい。力を尽くします)

「Το εκτιμώ」(助かる)


 会話はとても短かった。ディオンはいつもそう。でも、お互いの言葉は的確に伝わってる。あたしはディオンの流暢なエピストレ語の発音に聞き惚れながらそう思った。

 入り口であたしはぼうっとディオンを見つめてた。帰り道で何を言おうか考えた。でも、何を言えばいいのかわからない。言いたいことが溢れすぎてて、上手くまとめられないんだ。


 ディオンは立ち上がるとあたしの方に――ううん、入り口の方に歩いて来た。そうして、あたしの隣をすり抜ける。階段を上り始めるディオンの背中にあたしは反射的に手を伸ばした。服の裾じゃなくて、背中にギュッと抱きつく。うっとうしそうに押しのけられるの覚悟で。


 ディオンはそのまま動きをぴたりと止めた。無言で抱きつくあたしは、もしかすると震えていたのかも知れない。だから邪険にできなくなったのかも。

 ディオンの大きな手があたしの手に重なる。


「……こんなところへ連れて来てすまない」


 珍しく謝った。そうじゃないよ、ここにいるのが怖いんじゃない。ディオンに何かあったらと思うと怖いんだ。

 そっと、ディオンはあたしの腕を解くと振り返った。何か、涙が自然と滲んだ。零れ落ちる手前でいっぱい溜まったあたしの涙を、ディオンはどんな思いで眺めてるのかな。――そう思った時、ディオンの手があたしの肩に乗った。そうして、狭い階段の壁にあたしの肩を押しつけた。


 何?

 首をかしげる前にふわりと視界が翳った。とっさにこの流れが理解できなかった。

 壁に押しつけられたと思ったら、顎がすくい上げられる。ディオンの手があたしの頬をなぞるように滑って、そのままディオンとあたしの唇が重なった。

 与えられたあたたかさとは裏腹に、思考は停止する。――これ、現実?


 でもすぐに、夢かもなんて思えなくなった。吐息と熱がディオンを今までのどんな時よりも近くに感じたから。いつも澄ましてるぶっきらぼうな人とは思えないような、情熱を見せる。

 あたしからディオンにしたようなキスはディオンにしてみたら子供っぽかったんだ。そんなことをどこかで思った。


 ――されるがままになってたけど、体が熱くて、苦しくて、あたしは壁からゆっくりと滑り落ちる。ディオンが今、どんな顔をしているのか、見上げることができなかった。肩で息をしていると、ディオンはぽつりと言った。


「……これ(・・)のわけは全部終わったら教えてやる」


 そうして、階段を上がって去った。階段に光が落ちる。

 あたしはほてった頬を冷やしながら、ぽつりとしばらくそこにいた。

 幸福感よりも胸騒ぎの方が大きかったのかも知れない……。

 

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