⑨会議中
陛下のところを退出してからすぐ、扉の前でディオンに怒られた。
「いきなり何を言うんだお前はっ。俺の心臓を潰す気かっ」
小声なのは陛下に聞こえるからだ。
「何って、ハワードさんのこと?」
「いくら親しみを込めて下さっているように思えても、相手は国王陛下なんだ。ひとつの失言でどうなることか――」
「あー、はいはい」
お説教なら聞き飽きた。
今はそれどころじゃないと思うんだけど。
そんなあたしの態度もきっと気に入らなかったと思うんだけど、ディオンは仏頂面であたしとヴァイス・メーヴェ号へ戻った。
「お帰り」
甲板でゼノンがほっとした様子で迎え入れてくれた。
「うん、ただいま」
あたしは笑顔で返す。ディオンはにこりともしない。あたしはそんなディオンに言った。
「ええと、それじゃああたしはシー・ガル号の方へ戻る?」
「……明日の朝、軍事会議がある。その後でそれぞれの船がどう動くかっていう指示が出る。それまで船はこのまま繋げておくから好きにしろ」
お、自由行動みたい。ヴェガスやファーガスさんに会いに行こうかな。
「了解。じゃあそうさせてもらうね」
そう答えたあたしをディオンはまだ何か言いたげな面持ちで見てた。ひと言で言うなら不安、かな?
また何かやらかすんじゃないだろうか、なんて思ってるんだ、多分。
でも、それだけじゃなくて純粋にあたしのことを心配してくれている気持ちもあるんだとは思うけど。
一度シー・ガル号に戻って食事の支度を済ませてからみんなに事情を説明した。パルウゥスはあんまり表に出たがらなくて、スタヒスたちはそのままシー・ガル号に残るって。ヴェガスたちによろしくとだけ託る。
エセルも一応は船を任されているから、念のためにこっちにいるって。あたしにくっついてヴァイス・メーヴェ号に来たのはマルロだけ。二人で食事の後片づけとか雑務を済ませると向こうに向かった。
そうしたら、ヴァイス・メーヴェ号の方が人数が多いからファーガスさんが手間取ってて、その手伝いもしたんだ。ファーガスさんに助かるって褒めてもらって二人でご機嫌だった。
それから、あたしはヴェガスに会いに最下層まで下りる。マルロはどうするのかなと思ったら、ディオンに会いに行った。
「Παιδιά, πώς είστε?」(みんな、元気にしてる?)
すると、漕ぎ手座じゃなくてマットレスを敷いてあるその上にみんなが集まっていた。
「ああ、ミリザも元気そうだね」
ヴェガスがにこりと笑ってくれた。みんなも笑ってくれたけど、少し疲れている風にも見える。
「この空気、みんなにはつらかったりする?」
戦前のピリピリとした空気はあたしたちでさえ落ち着かなくて肌に刺さるように感じられる。敏感なパルウゥスたちは余計にそうなんじゃないかなって。
すると、ヴェガスは苦笑する。
「まあね、あまり気分がよいとは言えないけれど、でもがんばるよ」
「うん……。スタヒスたちもよろしく言ってたよ」
「ああ、みんなで協力してここを乗り越えないとね」
そう、がんばって乗り越えて、誰も欠けることなくみんなで帰りたい。
あたしたちの願いはそれだけなんだ。
そのままヴァイス・メーヴェ号に残ろうかとも思ったけど、着替えとか荷物はシー・ガル号の方にしかない。お風呂に入ろうかと思ってあたしは戻ることにした。
あたしもディオンに会いたいなと思ったんだけど、マルロの話を切っちゃうのも可哀想だし、また明日にしようと思って諦めた。
そうして、翌朝。
軍事会議になんてあたしが呼ばれるはずもない。ディオンに連れられて行ったのはエセルだ。あの陛下の乗る船で会議は行われてる。あたしはシー・ガル号の中で調理をしつつ会議が終わるのを待っていた。
ヴァイス・メーヴェ号はどういう役割を担うんだろ? 戦争なんだから大砲の撃ち合いになるのかな。
その弾がヴァイス・メーヴェ号をかすめないとは限らない。
今更ながら考えがそこに至って、あたしはぞくりとした。でも、その考えをふるい落とすようにして首を必死で左右に振った。悪い想像をすると、現実がそれに引っ張られてしまいそうな気になる。
だから、そんなことは考えちゃいけないんだ。
大丈夫。みんな無事に帰れる。
それだけを考えてこの先に向かって行かなくちゃ。
そうして、軍事会議が終わったのは太陽が真上に来た頃だった。早朝からだから、長かったな。
ヴァイス・メーヴェ号の甲板を通り抜けてディオンとエセルはシー・ガル号の上にやって来た。二人の顔にはそれぞれの覚悟があった。