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夢と希望と海賊船  作者: 五十鈴 りく
Ⅸ・未来と絆と海賊船
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⑦出発

 ヴァイス・メーヴェ号とシー・ガル号がパハバロス島から出航する日が来た。

 鮮やか過ぎる日差しを浴びながら輝く二隻の船。港に並んだ船を眺めたら、あたしは胸が締めつけられたみたいに苦しかった。

 二手に分かれることになるあたしたちはそれぞれの船に乗り込む。足取りは軽くはない。

 揺れる甲板の上からあたしたちは言葉を交し合った。


「こっちが先に出る。お前たちは後に続け」


 潮騒の中でもはっきりと聞こえるディオンの声。……当分は聞き収めになるのかな?

 でも、船は目的の地点まで離れずに進む。だから甲板から話すことくらいはできるかも知れない。


「了解」


 エセルが神妙な顔で答える。あたしは隣でエセルを見上げつつ、続いてディオンとゼノンに目を向けた。


「気をつけて」


 ゼノンがそう言ってくれた。


「うん、そっちもね」


 こうしているといつまでも区切りがつけられないと思ったのか、ディオンはあっさりときびすを返すと出航の準備を始めた。二隻の船が挟む形の波止場には島民の人たちがたくさん見送りに来てくれてる。


「ミリザ、こっちも支度しないと」

「そうだね」


 エセルに促されてあたしも船べりから離れる。

 でも、最後にもう一度だけと思って振り返った。ディオンの姿をもう一度だけ見たいと思ったんだ。

 そうしたら、ディオンはこっちを見てた。あたしをじっと見ているように感じられたのは、あたしの願望かな。仮に見てたとして、どうせ『ヘマするなよ』とか思ってるだけなんだろうけど。


「ミリザ」


 更にエセルがあたしを呼ぶ。

 ぼうっとしてる場合じゃなかった。急がないと。


「あ、うん」


 やっぱりディオンはあたしに無茶を言ったって気にしてるのかも知れない。

 嬉しいけど、今はあたしのことなんていいから自分の方のことを考えてほしいんだ。



 いつもは交代で船に乗ってた島の男の人たちも、今回ばかりはほとんど総動員だ。二隻も船を出さなきゃいけないんだからそうなるよね。

 たまにしか乗ることのなかった人もいて、不慣れな部分もある。特にこっちのシー・ガル号は。

 主力はヴァイス・メーヴェ号の方にいるんだもん。


 厨房ではあたしとマルロが慌しく動く。ファーガスさんがいないなんて初めてだから戸惑うけど、出航してすぐの今は調理した食材もあるし、まだ大丈夫。いざとなったら他の船員の人にも手伝ってもらうし。

 ファーガスさんの方が大変だろうなぁ。あっちは人数多いし。


 しばらくは色々と段取りをして、気づけば昼食時だ。

 あたしは鶏肉のソテーとマスタードソースが挟まったサンドウィッチをパルウゥスたちのところへ運ぶ。そこにヴェガスがいないのは寂しかったけど……。

 ヴェガスの作った漕ぐリズムを取る太鼓の装置が一定間隔で鳴ってる。


「Στην υγειά μας για την καλή δουλειά」(お疲れ様)

「Σας ευχαριστώ,Μίριο」(ありがとう、ミリザ)


 薄い眉毛が特徴的な人の良さそうな顔でスタヒスは笑ってくれた。スタヒスにしてもヴェガスがいないのは初めてのことだから不安はあると思う。スタヒスの他にクロノスもこっちに来てくれた。パルウゥスは全員で十人。そうして、その空いている漕ぎ手座に、必要に応じて他の船員たちが加わることになる。


 あたしはサンドウィッチとお茶をみんなに配ると、漕ぎ手座のそばにある甲板に続く管に向かって話しかけた。


「エセル、どう? 何か変わったことはない?」


 操舵を握るエセルのところにあたしの声が届く。今度はその管に耳を寄せると、エセルのくぐもった声が返った。


『今のところはね。穏やかなものだよ。ヴァイス・メーヴェ号も順調だ』


 それを聞きたかった。

 あたしはほっと胸を撫で下ろす。


「そっか。エセルもがんばってね」

『ああ』


 さすがにこの状況じゃエセルも軽口ひとつ叩けないみたい。すごく真面目に返された。

 あたしは管の口にフタをすると、パルウゥスたちを振り返った。


「Θέλω να πάω πίσω του νησιού」(早く島に帰りたいね)


 すると、スタヒスはサンドウィッチを飲み込んでから困惑したように言った。


「Ότι υπάρχει πολλή σκάφη συγκεντρώνονται, μπορεί να υπάρχουν συμπολίτες μας σε αυτό.Ελπίζω πως όχι τρομοκρατείται」(たくさんの船が集まるということは、その中に僕たちの同胞がいるのかも知れない。虐げられていないといいんだけど)


 その長いエピストレ語をあたしは頭の中で組み立てて行く。

 そうか、大型の船なんかは特にパルウゥスの力を必要とするのかも。そういう可能性があるんだ。

 ヴェガスも自分たちはいい待遇で雇ってもらっているけれど、他の同胞はそうじゃないから心苦しいなんてことを言ってたりもした。


 エピストレ語の知識を他の船に渡すわけにはいかない。でも、そのせいでパルウゥスたちの苦しみが続くのかな……。自分たちのために情報を囲い込むのって、すごく身勝手なことなのかな。

 あたしがそんな風に考えてしまった一瞬をスタヒスは敏感に感じ取ったみたいだった。


「Κατανόηση της λέξης δεν είναι όλα.Οι λέξεις δεν σημαίνει απαραίτητα ότι θα μας σέβονται ακριβώς επειδή.Αυτό που είναι σημαντικό είναι το μυαλό」(言葉の理解がすべてじゃない。言葉が伝わったからといって我々を尊重してくれるとは限らないんだ。重要なのは心だ)

「Καρδιά?」(心?)

「Δεν ξέρω τις λέξεις που είναι η καρδιά που μου είπε να προσπαθήσει να μας καταλάβουν」(言葉を何も知らない君が、僕たちを理解しようと努めてくれたあの心だよ)


 そっか。

 そう言ってもらえると、あたしも少しだけ気が楽になった。

 ありがとう。


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