⑥高まる緊張
平和だったパハバロス島は、この戦いのムードに騒然となった。
陽気な島だったのに、今は島中がギスギスしてる。それも仕方ないことだけど。
ディオンは今度の航海の人選にすごく気を遣ってた。まず、ファーガスさんとルース先生のところに行ったらしい。どちらか一方がヴァイス・メーヴェ号に乗船してほしいって頼んだんだって。本当はシー・ガル号にもお医者さんはほしいけど、そうしたら島が困るから、そっちは諦めざるを得なかったみたい。
いつものこと――ううん、それ以上にファーガスさんとルース先生は大喧嘩したらしい。どっちが乗るかで大揉め。次男のバースさんが間に入ったんだけど、ファーガスさんが一歩も譲らなかったんだって。
ルース先生に、お前が乗るなら親子の縁を切るとか言い出しちゃって、ルース先生は切られてもいいから自分が乗るとか堂々巡り。仲いいんだよね、ほんとに……。
そんなやり取りを聞いてたディオンもつらかっただろうな。珍しく死にそうな顔をしてたってバースさんが後で教えてくれた。
結局ね、ファーガスさんが勝った。お前が死んだら家族はどうなるとか、親より先に死んだら親不孝だとかツラツラ言われて、ルース先生は涙ながらに引き下がったんだって。ファーガスさんに勝てる人なんていないよ。
みんな無事で、何事もなくもとの生活に戻りたい。あたしたちの願いは共通のはずだ。
それから、マルロ。
今回は乗らなくていいってディオンが言ったらしい。だって、マルロはまだ十三歳だもん。ディオンだって連れて行きたくなかったんだと思う。
心配性のお父さんとお母さんはディオンに感謝してその言葉をマルロに伝えたんだって。
そうしたら、家族思いのマルロが今まで見たこともないくらいご両親にすっごく怒ったらしい。勝手に返事をしないでくれって。マリエラもびっくりしたって言ってた。
で、マリエラと二人、ディオンのところにやって来た。でもね、ディオンはあちこち駆けずり回ってて屋敷にはいなかったんだ。あたしが屋敷の廊下で二人を出迎えると、マルロはキッとあたしを睨んだ。
「お前は船に乗るのか?」
嘘ついたって仕方ないから、ここは正直にうなずいた。
「うん。でもね、ディオンたちとは別の船。あたしはエセルとシー・ガル号に乗ることになってる」
「どういうことですの、それ?」
マリエラも目を瞬いた。あたしのこと心配してくれてるみたい。
「今回は両方の船を出すから、船員を分けるんだって。それで、パルウゥスたちの繋ぎ役にってこと」
どうしてお前だけ、とマルロは思うかなって、あたしはそんな風に感じた。少なくとも、以前のマルロならそう言ったと思う。
でも、マルロの反応はあたしにしてみたら意外だった。
すごく静かだった。まるで凪みたいに静かに、そっとつぶやく。
「そうか」
「うん……」
物分りがよくなった。大人になったんだなってあたしが思った瞬間に、マルロははっきりとした口調で告げた。
「じゃあ、ボクもシー・ガル号に乗る」
「えっ?」
「これはボクが自分で決めることだ。子供だからとか、戦う力がないからとか、そんなことはわかってる。それでも、お前が乗るのにボクが陸で待ってるなんておかしいだろ」
それは返答に困るくらいしっかりとした言葉だった。
マルロ、いつの間にこんなに強い目をするようになったんだろう。もう、子供扱いなんてしちゃいけないのかも知れないね。
でも、そんなマルロを心配する家族のこともわかってあげなくちゃいけない。
あたしはちらりとマリエラを見た。マリエラはやっぱり不安そうに頼りなくそこに立ってる。
「……ねえ、マルロ。今回は特に危ないんだよ。それでも?」
「危険だからみんなで立ち向かうんだろ。ボクもそれを乗り越えなきゃ、ディオンのようにはなれない。いつまで経っても半人前だ」
そんな強がりを後悔するくらい怖い目に遭うかも知れない。それでも、今のマルロなら乗り越えられるのかな。
マリエラはマルロの手をギュッと握った。
「私たちは双子の姉弟。離れていてもそれは変わらないわ。私が無事ならマルロも無事。だから、マルロは無事に戻って来る」
それは合言葉のように、呪文のように響いた。マリエラはいつもそう考えてマルロを送り出して来たのかも知れない。マリエラの祈りに、マルロは力強くうなずいた。
「戻るよ。ボクの家はこの島にあるんだから」
大切に安全な場所に押し込めることだけが正解じゃない。意思を尊重することで心を守る。
二人を見ていてそんなことを思った。
結局、いつもと変わらない面子が集まる。
みんながそれぞれに考えて決断した結果なんだ。
そうして、召集令状に切られた期限の日が刻一刻と迫って行く。