③二隻の船
ディオンはそのままゼノンとエセルとあたしとを連れて屋敷に戻った。ディオンの散らかった部屋の中であたしたちはそれぞれに適当な場所に座り込む。あたしはいつもエピストレ語の授業の時に使わせてもらっていた椅子に腰かけた。
ディオンは先に領主様に報告して来るからって言って部屋を出た。あたしたち三人はぽつんと部屋に取り残される。
そんな中、エセルが言った。
「ミリザは今回留守番だよ。今回ばかりはいつもの狩りとはわけが違う。本当に危ないからね」
「そうだね。そうしてほしい」
ゼノンも心配そうにそう言った。
わがままなんて言える状態じゃないのはわかるけど、あたしにできることはないのかな?
「……戦争なんて起こらなかったらいいのに。まだ回避できる段階だといいな」
この期に及んでそんなことを言っちゃう。でも、それはみんなの願いでもあるはずなんだ。
それからしばらくして、ディオンはあっさりと帰って来た。手にしている令状の封が切られていた。
「ディオン……」
ドアから入って来たディオンをあたしが見上げると、ディオンはかすかにうなずいた。
「十日以内にここを出立し、『強欲の三角形』の西方点へ向かう」
西方点。そこにルースター海軍が集結してるんだ。
エセルは嘆息した。
「了解。行くしかないんだろ?」
「ああ」
ってディオンも短く答える。
ただ、その後に続く言葉にみんなが愕然とした。
「ヴァイス・メーヴェ号とシー・ガル号、その両方で出撃することになる」
「え?」
「ヴァイス・メーヴェ号の指揮はオレが執る」
そりゃあ、ディオンは船長だもん。
ゼノンは腰かけてたベッドの縁から姿勢を正すとまっすぐにディオンを見た。
「じゃあ、シー・ガル号は?」
そうだよ、シー・ガル号はどうするの?
いつもカツカツなのに、二手に分かれられるような人員がいる?
ディオンは深々と嘆息すると、それでもはっきりとした声で言った。
「エセル」
名を呼ばれた瞬間に、エセルの顔から表情が消えた。その先に放たれる言葉が他に見当たらなかったからだ。
「シー・ガル号はお前に託す」
……本気で?
エセルは苦笑してた。
「それはまたすごい大抜擢だね」
おどけて言うエセルの顔にはそれでも緊張が見えた。ディオンは少し目を細める。
「ガリオット船のシー・ガル号が戦闘の最前線に加わるわけじゃない。それでも今回は頭数が必要なんだ。舵捌きではお前が有利だから、お前に任せるしかない」
「へぇ」
嫌だとは思うんだけど、ディオンの方が前線に赴くことになるんだと思う。だから、エセルは断れないんじゃないかな。大人しく考え込んでる。
「俺は?」
ゼノンが問うと、ディオンはうなずいた。
「ゼノンはオレとヴァイス・メーヴェ号に」
優秀な砲撃手だもん。ゼノンは当然そっちだ。それはあたしにも予想ができた。
でも、その先があたしには読めない。ただ無性に心臓が苦しくなる。
あたしは大人しく話の続きを待った。
「それで、パルウゥスたちも両方へ編成することになる」
ヴェガスとか主力はヴァイス・メーヴェ号の方になるんだろうな。でも、シー・ガル号だってまったくいないってわけにはいかないよね。
それで、とディオンは一度言葉を切ってからあたしを見た。ドキリ、と心臓が一瞬止まった気がした。
「エセルだけではパルウゥスとの連携が取れない。だから、シー・ガル号にはお前も乗ってくれ。エセルの指示を的確にパルウゥスに伝えて船を動かすんだ」
……ああ、そういうことか。
ドクン、ドクン、と心音が体中に響く。
「ディオン!」
エセルとゼノンが噛みつきそうな顔でディオンを睨む。
「戦争だぞ? 戦いの最中にミリザを連れて行けなんてよく言えるな!」
エセルがそんなことを言う。
でも、これはあたしにしかできないこと。そうだよね?
「ただエピストレ語が話せるかどうかが問題じゃない。こいつは島のパルウゥスたちの信頼を勝ち得ている。パルウゥスたちを動かすのに一番必要なのはそこなんだ」
そうだ、だからディオンはあたしにエピストレ語を教えてくれる気になったんだ。
それが今、ディオンの、この島を含む国の役に立つんだって言うなら、あたしにとっても喜ばしいことなんだ。
「わかった」
あたしは短くそう答えた。そうして立ち上がる。
「ディオンたちこそ気をつけて。絶対無事で戻ってね」
すると、ディオンはすごく申し訳なさそうに、ありがとうって初めてあたしに礼を言った。