②令状
ディオンはパハバロス島に入港したガレー船を波止場で出迎えた。数人のお偉いさんが跳ね橋から降りて来る。使者の人は海軍の制服姿だった。きっとディオンより階級が上なんだろう。陛下からの勅使だから、ディオンは手渡された令状を恭しく受け取った。
「ではな、確かに」
「はい、謹んで承ります」
潮騒と強すぎる日差しの中、ディオンは封蝋されたその令状の中身も見ないで答えた。……それって、ディオンは内容をすでに知ってるってこと? それとも、内容がどうあれ断れないってこと?
使者の人は大仰にうなずくと領主様への気遣いの言葉を二、三述べてからすぐに島を出た。すごく慌しく感じられたのは、他にも寄らなきゃいけないところがあるからかも。
ずっと遠ざかるまで、島のみんなは船影を見送ってた。不安な心はみんな共通だったと思う。
あたしはどれくらいかして、令状を手に強張った顔をしてるディオンのそばへ駆け寄った。
「ディオン」
でも、ディオンは海を眺めたままだった。聞こえてないわけじゃない。首をあたしの方に向けないまま、ディオンはぽつりと言った。
「……しばらくは物騒なことになる」
その言葉に、あたしはドキリとした。
「それって、まさか戦争が始まるってことじゃないよね?」
最近ずっと胸にあった不安の種。否定してほしかったから口にした。
そんなあたしの考えが伝わったのか、ディオンは苦笑してようやくあたしを見た。そして、大きな手をポン、とあたしの頭に乗せた。その仕草はあたしを安心させようとした結果なのかも知れない。でも――。
あたしは余計に胸騒ぎを覚えた。
そうして、ディオンが零したセリフにそれが更に色濃く感じられる。
「そうならないようにしないとな」
ならないように?
やっぱり、両国間の緊張が高まってるんだ。
アレクトールの方がちょっかいをかけて来てるのかも。顔を合わせた限りで思うに女王陛下は好戦的じゃなさそうなんだけど、どうなんだろ。
先にお会いした陛下が少し情緒不安定に感じられたのは、もしかしてこれのせい?
「……ディオン、その令状って、召集令状っていうやつなの? ディオンに参戦しろってこと?」
恐る恐る訊ねてみた。でも、そんなのは訊かなくったってわかってる。
「ああ、当然だ。王都で陛下から直々に言い渡されていたからな。心構えはしていたつもりだ」
やっぱり、そうなんだ。
ディオンはガレー船のヴァイス・メーヴェ号で海戦に挑むのかな。もちろんそこにはゼノンとエセル、パルウゥスのみんなが不可欠だ。
ディオンが参戦するってことは、この島の船乗りみんなに召集がかかったようなものだよね。
でも、あたしは?
「ディオン、あたしは……」
いつもの調子で島に残れとか言われると思った。言われたら、ちゃんと嫌だって言わなきゃ。
あたしが役に立つとは思えないけど、それでも何かをしたい。戦いの間だってみんなご飯は食べるんだから、食事の支度くらいは手伝える。
でも、ディオンのリアクションはあたしが予測してたものとは違ったんだ。
すごく困ったような顔をした。そんな顔、今まであんまり見たことない。その理由があたしにはまだわからなかった。
そんなディオンのことをゼノンとエセルが遠巻きに見てるから、余計に言いづらかったのかな。
「そのことに関しては後で話す」
なんてことを言われた。
後で話すってなんだろ?
イマイチ事態を飲み込めなかったあたしから視線を外すと、ディオンは周囲にテキパキと指示を出し始めた。でも、ゼノンもエセルも厳しい表情のままだった。二人は何かを感じたの?
ディオンはもう覚悟を決めたのかな。令状を握る手に力がこもっていたように思う。
あたしはそんなディオンを眺めて、そうして考えた。
不安がないわけじゃない。でもあたしはディオンを信じる。ディオンについて行く。
どんな結果が待っていようと、それはあたし自身が決めたこと。
望む未来を手に入れるために試練があるのなら、あたしはそれを乗り越えなきゃいけない。
潮風に遊ばれていた髪をサッと払い、あたしも心を決めた。
今までだっていろんなことを乗り越えて来たじゃない。
きっと大丈夫。それに負けない自分だって思わなきゃ。