①小康状態
Ⅸ(全36話)になります。
なっがーい……ですが終章ですので大目に見て頂けると嬉しいです(汗)
ルースター王国とアレクトール王国。
海を挟んで向かい合うふたつの国。
あたし、ミリザ=ティポットはアレクトール王国のヴァローナって町の出身。でも、ある日思い立って家出をした。そのあたしが乗り合わせた船がルースター王国の私掠船――つまり、王様の許可のある海賊船だった。
その私掠船の船長、ディオン=フォーマルハウトはパハバロス島を領地に持つ貴族の令息で、あたしはそのディオンのところに厄介になってるんだ。
優しい人ばっかりで、海賊船なのに穏やかなんだ。船に乗るのは楽しくて、あたしは難しいことはまるで考えてなかった。
思えば、ルースター王国とアレクトール王国はもうずぅっと長いこと小競り合いを繰り返して来た。要するに、仲が悪いんだ。
アレクトールにいた時はあたし、日々の生活で精一杯で、世情とかそういうの置き去りにしてた気がする。生活を揺るがすような大きな戦争に発展しなかったら、町から離れた海域で起きてる諍いなんて知りもしなかったんじゃないかな。
こうしてルースターに来た今も、国勢なんてあんまり気にしてなかった。そんなこと考えるくらいなら大好きなディオンのことを考えていたいし。
ゆっくりと流れる島の時間。
特にパハバロス島は穏やかだから、あたしにとっては間違いなくこの世の楽園なんだ。
でも――。
この世に移ろわないものなんてない。
永遠なんて夢のまた夢で、幸せな場所っていうのはいつ脅かされるかわからないんだ。
あたしが覚えてないだけかも知れないけど、あたしが生まれて育った十六年の間は、少なくとも大きな戦争はなかった。でも、だからってこれからもそうだとは限らない。
この小康状態がいつ急変したとしてもおかしくないんだ。
あたしはそれをあんまりにも意識してなさ過ぎた。少なくともディオンたちはそれを感じながら生きていたんだと思う。
今のあたしはアレクトールの故郷を捨てたようなものだから、気持ちは向こうにない。生まれ育った地なのに、少し悲しいかな。
むしろルースターには大切な人たちが属する。女王陛下にだってお会いして、ちょっとした仲間意識もある。
あたしはもう、ルースターの国民として生きて行きたいんだ。自分の中でははっきりとしすぎるくらいの答えがあった。
――今からふた月ほど前、王都でディオンがルースターの女王陛下に投獄された。ちょっと機嫌を損ねただけなんだけどね。まあそこはちゃんとわかってもらって解決した。
ただ、その後、ディオンは女王陛下に何かを言われて、それをずっと気にしていた。
島に戻った後、一度も狩りには出なかった。船を念入りに整備して、火薬のもとになる『硝草』って草を採取して、火薬をたくさん製造してもらってた。
ディオンの腹心で親友の砲撃手のゼノン、操舵手のエセル、漕ぎ手パルウゥスのリーダーのヴェガスには事情を説明したっぽいけど――あたしには教えてくれない。お前は余計なことは考えずにエピストレ語を完璧にしろって言われた。
エピストレ語はパルウゥスたちの言葉。これが話せるのはディオンとあたしだけ。と思ったら、実は後一人いた。ディオンのお父さんの領主様。
怪我をして寝たきりになってるけど、もともとは船長だったんだ。今のディオンみたいに。
ディオンにエピストレ語のさわりを教えたのは領主様だったんだって。領主様はそのお父さんから。フォーマルハウト家はそうやって、何代か前からパルウゥスたちと連携を取って来たらしい。
島にパルウゥスたちの集落ができたのも、狩りをしたした際に隷属させられていたパルウゥスを敵船から連れ出したりで数が増えたからなんだって。
でも、領主様はディオンほど喋れないってご本人が言われてた。それくらい難しい言語をあたしが短期間で最低限の会話程度は話せるようになったことにも驚かれてたけど。
あたしも必死だったから。もちろん、ディオンの教え方が上手だったのも大きい。
なんて、発音はたどたどしいし、パルウゥスにしてみたら聞き取りにくいとは思うんだけど。
そんな日々の中、島を囲む海がいつしか穏やかとは言えないものに感じられるようになった。
丘から見渡す遠くの海に海鳥に混じって幾隻かの船が行く。
何かが起こってる。それをあたしも肌で感じ始めた。
そうして、ついに領主様のもとに令状が届いたんだ――。