⑲正々堂々
「正々、堂々……」
陛下が唖然とつぶやいた。最初に見せた怒りがしゅるしゅる萎んだ感じがする。そのままがっくりと項垂れたから、ハワードさんがギクリとしてた。
陛下はハワードさんの手を振り払うと、自分の顔を両手で覆う。
「立場を取り払ってしまったら、私には何が残るのだろう……」
「へ?」
今、なんて言った?
「可愛げはないし、顔もきついし、ディオンよりも年上だし……」
「ええっ」
いきなりネガティブ。
でも、もしかするとこれが陛下の素なのかな。いつもは自信に満ち溢れている女王を演じてるだけの、普通の女性。
「え、や、美人だし、年齢は関係ないと思いますけど?」
なんで慰めてるんだろ、あたし……。
陛下はボソリと言う。
「この顔は好かん」
「贅沢ですって、それ。そんなこと言ったら、あたしなんてふた言目には慎みがないとか言われちゃうんですよ。そういう対象じゃないとか子供だとか言われっぱなしです」
ああ、傷のなめ合いかな、これ。
でも、ちょっと弱気な陛下が可愛く思えたなんて言ったらまた怒られるかな?
陛下はちろりとあたしを見る。
「女王としての自分ではない、ただのエレアノールとしての自分に自信などないのだ。だから私は……」
そうして陛下はすごく恐る恐るディオンに目を向けた。ディオンは戸惑い顔だった。
まあ、そうだよね。陛下が望む言葉を言える気がしないんだろうな。
ただ、ハワードさんが何かかすかに笑ってるような?
「目が笑ってますよ?」
あたしがすかさず突っ込むと、ハワードさんはちょっとだけ気まずそうに言った。
「いや、そういうところは昔のままだと思って懐かしくなっただけだ」
そういえば、ハワードさんって陛下の遠縁だって言ってた。小さい頃から知ってるからこそ、厳しいこと言っては心配してたんだね。
そんなハワードさんを陛下はきつく睨んだ。
「ハワードはいつも私の悩みを真剣には聞いてくれなかった。お前を見返してやりたい一心でここまで来たようなものだ」
「それはちょっと言いすぎでしょうに」
「いつも聞き流していただろう!」
「そうでしたか?」
うーん、家臣でこれだけ失礼なことを言う人も珍しいよね。でも、逆に言うならそれだけ信用できるってことなのかも。
ハワードさんは小さく嘆息した。
「聞き流しているつもりはなかったのですが、どこまで本気だかよくわからなかったもので返答に困ったのですよ。自分なんて可愛くないとか、なんの才能もない凡人だとか」
「どれも本気に決まっているだろうが!」
「じゃあ、あなたは魅力的で素晴らしいお方ですと言えばあなたは納得しましたか?」
「お前が言ったら薄気味悪いわ!!」
あたしを挟んで喧嘩しないで……。でも、とても割って入れなかった。
「でしょう? 白々しく聞こえるから何も言わなかったんですよ」
「それでも何か言うことはできただろう!?」
なんだろうな、この二人。恋愛に発展する以前の問題だよね……。
ハワードさんが硬い。ハワードさんがちゃんと声をかけてくれたら、陛下は別の救いを求めずにハワードさんを頼って自分を支えていられたのかも知れない。
「それはハワードさんがいけないですよ」
思わず言ってしまった。
ハワードさんは顔をしかめる。
「私は武人なのでな。無骨な性分だ」
「今からでも勉強したらいいじゃないですか」
「何を……」
「女心ですかね?」
「……」
あ、言い負かされた。陸地で一番強い男の称号はどうしたと言いたい。
でも、そんなハワードさんが可笑しかったのか、陛下が声を立てて笑い始めた。
「ハワードを黙らせるとは大した娘だ」
いえ、それほどでも。あたしは乾いた笑いを返した。
いつもチクチク小言を言われてるのか、陛下はそんなハワードさんの様子に胸がすくのかもね。
そうして、陛下は目尻の涙を指で拭うと、ようやくディオンの方を向いて言った。
「そろそろそこから出そうと思って来たのだ。……あれは私の癇癪だ。すまなかった」
ディオンも戸惑いながら、いえ、と小さく返した。
そうして、ディオンは牢から出された。もう夜だけど、そのまま陛下とはしばらく居室で話し込んでた。あたしはというと、ハワードさんと別室で待たされた。豪華絢爛なお城の一室。ここまで、ハイヒールで靴擦れした足には厳しかったな。多分、二度と来ることはないよね。それにしても、キラキラしすぎて目が疲れるな、ここ。
あっちで二人は何を話してるんだろ、とかすごく気になるけど、考えない方がよさそう……。
あたしは柔らかすぎて安定感のないソファーに座りながら、あんまり喋ってくれないハワードさんに目を向けた。ハワードさんはそれに気づいてポツリと言う。
「陛下も少しは落ち着きを取り戻されたようだが、これから忙しくなる。こうした私情に心を砕いている場合ではないはずだ。ディオンをいつまでも牢に入れておくつもりはなかっただろう」
何その意味深な発言……。
「……何かが起こってるんですか?」
あたしが恐る恐る訊ねると、ハワードさんは曖昧にうなずいた。
「そういうことだ。そのうち隠し通せもしなくなるだろう」
きっと、あんまりいいことじゃない。不穏な空気だけが伝わる。
それがあるから、陛下は情緒不安定になってたのかな?
あたしたちがそんな会話をしていると、ディオンと陛下が戻って来た。ランプの灯りに照らされてるディオンはやっぱり疲れて見えるけど、陛下の表情はどこか晴れやかだった。
「ではな。また……」
そう言って、陛下はディオンの腕に甘えた風に寄りかかる。うわー、無事に仲直りしましたってアピールなの、それ!?
複雑な心境と表情のあたしに陛下は勝ち誇ったような顔をした。
「おい、お前」
「はい?」
「ミリザと言うのだろう?」
「はい」
「とりあえずお前はディオンの船にいて、ディオンが他の女になびかないように見張っておけ」
ブ。
理由はすごいけど、それってあたしにディオンのそばにいていいって言ってくれてるのかな?
ちょっと複雑だけど、まあいいか。
「かしこまりました」
ってあたしが笑顔で答えたら、ディオンはすごく嫌な顔をした。