⑱身の程
逃げ場なんてない。入り口からオシャレなランタンを手にやって来た陛下とあたしは対峙するしかなかった。
孔雀みたいな色合いの華やかなドレス。それを着こなす陛下はやっぱり綺麗だ。
なんて眺めてる場合じゃない。ちょっとくらい格好が変わっても、陛下は一瞬であたしがわかったみたい。手にしたランタンがプルプル震えて憤怒の形相だった。
「お前……どうやってここに……っ」
えっと、どう説明したものか。なんて考えてるうちに陛下はプッツリ切れた。
「そうか、牢に入りに来たのか。そんなに入りたければいれてやろう」
「いや、ご遠慮します」
思わず即答したのがマズかったのか、ディオンが焦った。ジャラ、と鎖の音がする。でも、繋がれてるからそれ以上近づけない。
「陛下!」
ディオンがあたしを庇ったみたいに思えたのか、陛下はディオンのこともキッと睨んだ。
「そんなにこの娘が大事なの?」
いや、え、そんな……って、密かに喜んでる場合じゃない。
ディオン、困ってる。大事じゃないって言ったらあたしは牢に突っ込まれそうだし、大事って言ったら逆上されそうだし。
でも、このままじゃ駄目だ。あたしにだって言い分はあるんだから。
「陛下、ディオンはあたしのことなんて見てくれてません」
「お前は黙りなさい!」
やっぱり女王様だから迫力あるな、なんて思いながらもあたしはがんばる。
「黙りません。この際ですから言いたいことは言わせて頂きます」
ディオンがどんな顔をしてるかなんてこの際構ってられない。あたしは陛下だけを見据えてればいい。
「ディオンはあたしのことを好きになってくれないけど、あたしはディオンのことが好きです。これっていけないことですか?」
「抜け抜けと……っ」
「身の程知らずですか? 身の程ってなんですか?」
陛下はツカツカとあたしに近づくと、あたしに平手を食らわせようとした。別に殴られ慣れてるから受けて立つ、くらいの気持ちで構えてたら、陛下の振りかぶった手をハワードさんがつかんだ。
「ハワード?」
あたしにばっかり気を取られて、いるの気づいてなかったのかな。
なんだろ、陛下がすごく傷ついて見えた。二人の間であたしは困った。
ハワードさんが何かを言う前に、陛下が苦しげにつぶやいた。
「お前にはみっともなく見えることだろう。けれど、私にはディオンが必要なのだ」
ズキ。
あたしにも必要なんですけど、とは言える感じじゃなかった。
ハワードさんは小さく嘆息した。
「本当にそうでしょうか?」
またひどいことを言う。女心のわからない堅物め……。
助けてくれた人にそんなことを思うあたしも恩知らずかもだけど。
「ディオンはあなたの孤独を埋める存在にはなり得ない。それでも必要だと仰るのですか?」
陛下はそのひと言にすごくびっくりしてた。綺麗な目が零れ落ちそうなほどに見開かれてる。
それでもハワードさんは続けた。
「ディオンだけではなく、他の男たちも同じです。誰も孤高のあなたの心など理解できない」
わなわなと震える陛下。ちょっと、ショック受けてるよ?
なんでそういうこと言うかな!
あたしは思わずハワードさんの足をヒールのかかとで踏んづけた。
あれ? 痛かったと思うんだけど、眉をちょっと動かしただけで平然としてる。我慢強い……。
あたしのことを無視したまま、ハワードさんは言った。
「一時の癒しに男を求めてもすぐに虚しくなるだけです。私はあなたにはそんな日々を送ってほしくはないのですよ」
陛下はくしゃりと顔を歪めた。
「私は王だ。この重責の中で唯一の救いは、望んだものは手に入れることができるという、ただそれだけのこと……。例えばこの娘のように自由に気楽な立場であれば、このように苦しくは……」
あれ? 聞き捨てならないこと言われた。
気楽? 何それ。
プチ、とどこかで何かが切れて、あたしは急速に冷ややかな心境になった。
「そうですね。あたしは自由で気楽で、下手すると明日のご飯と寝る場所の心配をしなくちゃいけない身の上ですよ」
至近距離で目の据わったあたしが畳み掛けるのを、陛下はさっきのお怒りはどこへやら、人形みたいに固まって聞いてた。
「自由って、そういうものですよ。あたしがそれを選んだんですけどね。家にいたら娼館に売り飛ばされるところでした。実の親が娘を売るんですよ? 信じられます? でもね、庶民だったらそんなの珍しくないんです。逃げられただけあたしはマシなんですから。そういう人たちと一度変わってみてはいかがですか?」
娼館の中にはさ、自分が逃げたら妹が売られるからって苦境を全部受け入れちゃう人もいた。逃げるって選択ができただけ、あたしには救いが残されてたんだ。
「どうあっても、生きるのって大変なんです。陛下には陛下の苦しみが、あたしたちにはあたしたちの苦しみがあるんです。お互いそこは置いといて、恋は正々堂々じゃ駄目なんですか?」
一気に言い切った。
うん、微妙な空気。そりゃそうか……。